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【3・20後楽園、鈴木みのる戦を前に】接点の薄さによる恐怖…それでも上野勇希は不安定な感情に興奮する

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  • 1・26後楽園でグリンゴ・ロコを破り、3度目のDDT UNIVERSAL王座戴冠を果たした上野勇希が初防衛戦の相手に指名したのは“プロレス王”鈴木みのるだった。痛みや辛さ、苦しさを味わうことが避けられぬ対戦相手を自ら求めた結果、今はどんな心境にあるのか。(聞き手・鈴木健.txt)

    今までの「この人と試合をしてみたい」
    という感覚とはまったく違うもの

    ――昨年11・17大崎のMAO凱旋興行でタッグ対戦(MAO&上野vsクリス・ブルックス&鈴木みのる)したことが、鈴木戦を求めるきっかけとなったわけですが、そこで味わった痛さや怖さはそれまでに経験したものとは異質だったんですか。
    上野 そうですね、想像以上の痛みと苦しみがありました。だから鈴木さんから「俺のプロレスは痛いぞ」と言われると、そうだよなとしか思わない。青木(真也)さんとも違いますね。青木さんの時は、青木真也という選手の解像度が上がっていく中で、ベルトを懸けて闘ってみたいという意識だったんですけど、鈴木さんはほとんど未知なるものですから。プロレスというものは一緒であっても、僕たちプロレスラーが闘っている部分は必ずしもルールに則ったところだけではなく、それ以外の闘いもあるわけで。たとえて言うなら言語が違ったり、思想…宗教が違ったりで、違う可能性が僕と鈴木さんの間では大きいんだと思うんです。
    ――ある意味、青木戦は同じ思想による闘いの場だったと言えます。
    上野 そう。だから鈴木みのる戦というのは、よく言われる「噛み合うか、噛み合わないか」なんでしょうけど、僕はそんなシンプルなものではない気がするんですね。鈴木さんは世界を舞台に活躍をしていながら、迎合することなく鈴木みのるのルールで自分の道を歩いている。他人(ひと)に求められながらそれを可能としている人間と、自分の方から求めて試合をしてしまう。ただ、それは自分の世界観を認められたかったり歴史が長いから羨ましいと思ったりするのではなく、僕のような世の中のことはどうでもいいと思っている人間にまで届くほどの味の濃さを体で受けてみたいというのがありました。だから、今までやってきた人たちに対する「この人と試合をしてみたい」という感覚とはまったく違うものですね。
    ――その痛みや恐怖心も、触れずに済ませようと思えば済ませたはずなのに自分から求めるという。
    上野 初対戦の時は、鈴木みのるの栄養素が高すぎた。でもMAOちゃんの凱旋試合ということもあって満腹になるまで食べ尽くせはしなかった。そうは言いつつ、実際に自分がそれを食べ切れるのかはわからないわけで、それすらも楽しみに感じてしまう。一人で海外旅行にいくみたいな感覚です。
    ――未知の国に怖さを抱きつつ、いってしまうような。
    上野 そうそう。その一方で、すごくおいしそうなものを食べにいってそれが自分の血肉になるかどうかって見方に関してはこれまでと同じ感覚なんですけど。自分がもっと大きな人間になるため、鈴木みのると対戦したいと思ったところがあります。こうして、その試合について話していると、新しい欲求によって今自分は動いていることに気づきます。どんどん芽生えてきたり、教わったり感じたりすることで、僕という人間はプロレスラーになってから成長し続けている。上野勇希を膨らまし続けている感触が強いんです。
    ――そのために体を差し出すと。
    上野 そこは自分が発しているものだけをぶつけるのではなく、受け入れるって言ったらちょっと生意気ですけど。だからこそ、何もかもを鈴木みのる戦に関してはそこに置きたい。ベルトもその一つだし、もしかすると自分の未来も含めて鈴木みのるに対し投げ出すことで、あの時にもっと味わいたいと思ったものを存分に自分の体で浴びられるんじゃないかなって。それぐらい、人生における壮絶な転機になりそうな気がしているんです。
    ――KO-D無差別級という頂点を経験したことによって、ある意味いき着くところまでいってしまった。だからこそ、それとは違う価値観による刺激を求めたくなるのはわかる気がします。
    上野 おっしゃる通り、僕の中でも無差別級にいけたからこその芽生えだと思っていたんですけど、もしかしたらいけたからではなく、いった先の変化を自分で求めているのかもしれない。無差別級を持っていた時や持つ前のモチベーションと外れた変化ではなくて、きっとグルグルと廻るものでもあると思うから、鈴木みのるの存在に対する自分の嗅覚、食欲を信じてもいいと思うんですよね。考えてみれば、これって筋トレと一緒ですよね。筋肉も痛めますから。それによって太くなっていくけど、太くなることそのものを求めているわけではない。
    ――鈴木みのるを味わいたいとは、平たく言うと鈴木みのるそのものを受け切るということになりますか。
    上野 そこはわからないです。やってみて出る答えですね。今までと変わらず、僕はその瞬間瞬間に芽生えたものを否定したくないのでやった結果、違う何かが“味わう”になるかもしれない。自分が一番わかっていないのかもって思う時があるんですけど、今の時点で想像するのは、あの怖さを受け止めるというよりも、もっとほしくなっちゃう気がする。青木さんの時と同じように、こうやって話しているうちに鈴木さんの解像度が上がるにつれて、自分はそうなる気がします。

    他人の評価より自分自身が鈴木みのると
    闘ったあとに後悔する人間でいたくない

    ――鈴木みのると闘うのは、勝敗とは別次元での闘いになりますよね。存在感であったり、アクの強さであったり。そういう面で上回らなければいけません。
    上野 そう、そこの勝負になると思っています。だから僕は、全部懸けてやるという気持ちです。他人の評価はどうでもよくて、自分自身が鈴木みのると闘ったあとに後悔するよう人間でいたくない。すべては結果論じゃないですか。鈴木みのるの方が印象に残ったとか、鈴木みのるってすげえ!とか。でもそれは他人の見方であって、自分がプロレス王と試合をしてどう感じるかが、この試合を求める動機だし。僕は他人との物差しと違うことに最近気づいてきて、どこで満足できるかわからないけどこうして大崎からつながったものがタイトルマッチになって、存在を食い合うような闘いができたら、今の場所にはもういられなくなると思うんです。
    ――そらに上のフェーズにいけます。
    上野 そういう意味では、鈴木さんに対抗しようなんていう気持ちはないです。ただ、鈴木みのるに負けないためにベルトを懸けるって言ったのであって、僕たちが言う「遊び」というものは“道中”にあるから。とは言っても…負けたら悔しいやろな。
    ――敗北感をリアルに味わうことってなかなかないものですが、この一戦に関してはそのリスクを含んでいると思います。
    上野 関係性や人としてのかかわりがあると、ある種の目標値みたいなものを出し尽くし、かつ出し尽くしてもらうみたいなところがあるんですけど、一回しか対戦したことがなくて(取材時点)、プロレス王を食い尽くしたいと思っているだけというこの接点の薄さに怖さがありますね。あの眼球で見られるんですよ? 目力じゃなく、眼球そのものが襲いかかってくるのは、関係性が薄いからこそでしょう。だから楽しみにいくことはまったくないです、楽しみではあるけど。こうやって怖いな、苦しいだろうなって言っていますけど、マイナスにはなっていない。“マイナスモチベーション”って言ったらいいんですかね。マイナスな心持ちでいくけど、それによって自分のやるべきことができなくなるようなことはない。今は、大きすぎるものを前にして自分の感情がわからなくなっている感覚です。
    ――終わった時点で自分がどういう感情になっているか読めないのは、楽しみになるでしょう。
    上野 もしかしたら、勝ったとしてもわからないかもしれないし、負けでもしたら…いやあ、負けて気持ちいいとはならんやろな、これに関しては。
    ――ないですね。
    上野 だから勝ちたいよりも、負けたくないっていう気持ちの方が強いです。
    ――プレッシャーを懸けるわけではないですが、これは若手が数々の実績を持つ大物選手にぶつかっていくというシチュエーションではありません。無差別級王者を経験している上野選手は、勝たなければいけない立場にあります。
    上野 わかっています。自分の存在が、自分の欲とか認識以上に上がっているというのもやっぱりあって。そこもワクワクするんですよね。僕はギャンブルをやらないんですけど、いろいろなものを背負えているからこそ今回に関してはスリルを求めています。
    ――スリルと向き合うシチュエーションを避けていたら、なかなか先にいけないでしょう。
    上野 その意味でも、反響する場を見つけたというか。今でも鈴木みのるの映像を見て怖いのに笑っているんですよ。自分の感情の起伏が激しくなっているなってわかります。安定ほど面白くないですから、今は不安定な状態にあることで興奮しています。


    ※このインタビューをもとにしたより深掘りされたコラムが、3・20後楽園ホール大会の公式パンフレットに掲載されます。鈴木みのる戦を前に必読です!

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