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【KO-D無差別級戦インタビュー】「愛をもらい、返すやりとりこそがプロレスをやる理由」――クリス・ブルックスにとっての“コア”と“オール”

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  • 11・4ひがしんアリーナにて青木真也が保持するKO-D無差別級王座に挑戦するクリス・ブルックス。昨年7月に火野裕士から初奪取したそのベルトを3ヵ月後、上野勇希に明け渡して1年というタイミングで再び頂点を狙う選択を自らした。この1年でポジティブとネガティブの双方と向き合ったことで、クリスはどのような人生観を自身の中に記したのか。青木真也の“強さ”に対し“愛”を持ち出した真意とともに語った。(聞き手・鈴木健.txt)

    深刻な病気になっても処置をちゃんとやれば、
    またできることを知ってもらうべきだと思った


    ――両国国技館での上野勇希戦から約1年で、再びKO-D無差別級王座へ絡むことになりました。アクションを起こした10・20後楽園のバックステージでは、1年前の自分とは全然違うと言っていました。
    クリス まずウエノとのタイトルマッチは、肩を脱臼してなんとかやりくりしながら試合をしているタイミングで訪れたシチュエーションだったよね? チャンピオンとしての責務を果たす状況において、負けて嬉しいことなどもちろんないんだけど、いろいろな困難の中で肩の荷が下りたと感じた部分が正直なところあったんだ。それはベルトを獲られた相手がウエノだから安心して任せられるという思いがあったからこそのものなのかもしれないが、安堵のようなものを感じた…いや、感じてしまったんだ。で、そのあとに大きな病気が発覚し、手術を受けるという重い事態が待っていたわけだけど、そういった抱えていたものが今はすべてクリアされたことで心身ともに万全な状況にあるし、いくつかの問題を経験することで去年より心も体もより強くなっていると自分では思っています。
    ――7月から11月の3ヵ月間、DDTの頂点にいたわけですがそれは当時の自分の状況においては重いものとして感じましたか。
    クリス ひとことで表せるようなものでなかったのは確かだよ。言うまでもなくあのベルトを手にできたのは嬉しかったし、獲得したことでポジティブな気持ちも味わえたけど、同時にプレッシャーも大きかった。ひとつ言えるのは、その両方を体感した上でプレッシャーであったり困難だったりを乗り越えた時の充実感は、それまで味わったことがないほどに満たされている実感が得られるものだった。だから、重かったとか辛かった、嬉しかったとシンプルな意識で言い表すことが非常に難しい。ただ、17年間プロレスをやってきて、やっと自分がなるべきレスラーになれた感覚が味わえたし、背負うものが重ければ重いほどここまで頑張ったことはなかったよなって自分で思えるほどのことをやったと思うし、何よりあれほどの声援を受けたこともなかった。そこはやはり、自分が背負った辛さに喜びも比例していたんだろうなって、今になって思います。
    ――あのベルトを持つとポジティブなものとともにネガティブなものとも向き合うのが必然であることを、経験したことによってわかっているにもかかわらず、クリス選手はもう一度チャレンジすることを望みました。
    クリス うん、ネガティブな要素は本当に難敵だったよ。でも、経験した今になって自分で分析するとポジティブな方がより大きかったというのが答えなんだ。それは、プロレスラー生活だけでのものではなく、人生というスパンで見てもあれほど満たされ、何かに対し自分が成功できたという実感、苦労が報われたと思える感覚は生きてきて味わったことがないレベルだったからね。今、あなたが言った通り一度経験しているからその辛さを知っているわけだけど、自分はそれを乗り越えられることもまたわかっている。責任、プレッシャー、ストレス…そういうものを抱えて、乗り越えられたら大いなるハッピーを得られると確信できるから、もう一度獲るってなれたんだと思う。
    ――クリス選手はチョコプロやバカガイジンのようにDDT以外での活動もフリーダムに続けています。頂点のベルトを獲ると、立場的にむしろそれが足かせのようになってしまう可能性も考えられます。たとえば、今年の夏に実現したエル・デスペラード戦も、仮にあの時点で無差別級のベルトを持っていたら難しかったかもしれません。
    クリス ベルトを持つことである程度制限がかかるというのは現実的な話だよね。ただ、そういった制限を取っ払ったような活動を見せるのが僕にとっての喜びなんだ。ベルトを持って海外にいっちゃうし、シモキタの小さなスペースで試合をやっちゃうし、無差別級チャンピオンの時はそれを持ってイザカヤにポスターを貼りにいくのが楽しみで。ありがたいことに、ファンはそういうところを評価してくれている。だから制限が生じるとしたら、むしろ自分に活躍の機会を与えてくれるものとして歓迎するよ。それとデスペラード戦に関しては、逆に自分が一度チャンピオンになっていたからこそ実現したと受け取っているんだ。僕がKO-D無差別級王者になっているか否かで物事を動かす力は違ったはずだ。発言権という言い方が適切かはわからないが、団体は実績をあげた人間の言うことに耳を傾け、その希望を実現させようと動くだろう。
    ――新日本プロレスがOKを出したのも、団体最高峰のベルトを巻いている人間だからというのはあったでしょうね。
    クリス もちろん、あの時点でも持っていたらなんらかの制限はかかっていたかもしれないし、ほかにもそういう作用が働くタイミングはあるだろうけど、獲ったことが実現に向けての原動力になったのは確かだと思うから、制限を危惧して動かないようにすることはしなくていいんじゃないかって思うよ。
    ――年末の病気を経験したことで、時間は有限なものであることを改めて認識させられた上で形にしたデスペラード戦は、どんなものとして残りましたか。
    クリス 2つの相反する感情が、あの試合のあとに芽生えてきたんだ。ひとつは、もう完ぺきにやられたなと。それは試合における勝敗という意味ではなくオーラ、たたずまい、人間力といった次元でデスペラードには完敗したとね。彼が自分のマスクを脱いで、叩きつけて、血を自分の顔に塗りたくったシーンを見た瞬間、これに対抗する術を自分は持っていないって思考が停まった。無差別級チャンピオンになったことである程度のステータスに達していた気になっていたのがあそこで打ちのめされたし、試合中に何をやってもかなわないというある種の絶望を味わった稀有な瞬間でもあった。それと同時にモチベーションが頭をもたげてきた。やるべきこと、改善の余地があるということは今の自分よりもっとすごいレスラーになる可能性があるんじゃないかってね。あの日のエル・デスペラードはスーパーヒーローであり、それゆえにその水準に達していない自分を認識できた。その水準に達していないだけの道筋があるという、結果的にはポジティブな体験として記憶に刻み込まれたんだ。
    ――シンプルに「間に合ってよかった」とは思いましたか。
    クリス そうだね。今、このインタビューを受けている時点における自分にとって最大のトピックだと思うし、間に合ったという意味ではいくつもの運命が重なり合って形になったと思う。彼が休業へ入る前にできたし、そこから帰ってきたとしてもそれぞれに何があるかはわからない。別に悪いケースを予見するわけじゃないけど、二人のタイミングが合うのってこの先訪れる保証はどこにもないんだから、奇跡的なタイミングだったのかもしれない。
    ――そのデスペラード戦の2日前、クリス選手はX上で年末の病気の詳細を公表しました。欠場するさい、オフィシャルリリースとして「悪性ではないものの腫瘍が見つかった」とアナウンスされましたが「がん」というところまでは明かしませんでした。そのまま伏せようと思えば伏せられたはずですが、あのタイミングでその言葉を用いてファンに伝えたのは、どのような意図によるものだったのでしょうか。
    クリス フー…(一呼吸入れて)僕個人としては、詳細を公表することに関してそれほど抵抗はなかったんだ。でも、それについて「手術も終わってよくなっているのに、このタイミングで詳細を公表することでむしろ心配をかけてしまうんじゃないのか」って何人かの人に言われて「そうだよな。やっぱり言わない方がいいんだな」とも思ったんだけど、奇跡的なタイミングで自分にとって重要な試合が実現するのに、包み隠さず伝えることをやらないのがずっと気持ちの中で引っかかるようになった。手術によって回復したという現実の行程を踏んできているのに、なんだか自分が病気になったことを認めたくない、公表しないことによって隠しているような感覚になって、それが自分自身でも気持ち悪かった。
    ――うしろめたさのような?
    クリス そうです。そんな引っかかりを胸に抱えたままやるような試合じゃないだろ。もっとデスペラード戦は、自分にとってスペシャルでポジティブなものであるはずなのに、手術の経過もよくて「とりあえず一安心ですよ」ってお医者さんに言われているにもかかわらず、まだ隠すのかよという自分に対する憤りだよね。不安を抱えているから言いたくないというようになるのが嫌だったんだ。
    ――私はむしろ「がん」という言葉は出さないと思っていたので、驚いたんです。そこまでファンに対し真摯にならなくとも、誰も責めないのにと。
    クリス 3月に東京女子プロレスの両国国技館大会に出場した時が、まさに術後初めての検査結果が出るタイミングで。経過観察の結果待ちのままリングに上がったから「もしかするとこれが最後の試合になるかもしれないな。結果が悪かったらもうできなくなるんだろうな」というネガティブな気持ちのまま試合をした。それもあって、よくなっているのがわかっているのに気持ちのしこりが残ったまま試合はしたくないって、東京女子の時のようなモヤモヤをデスペラード戦に持ち込みたくないと、自分を解放する意味であの情報を伝えたんです。言わない方がいいという意見も正解だと思うし、それが僕のことを思ってくれているありがたい言葉であるのも理解している。だけど、何も行動を起こさないのが一番よくないんじゃないか。手術をして、今は普通にプロレスができている。それはちゃんと検査を受けて早期発見できたからなんだというメッセージも含めて伝えなければならないし、共有したい。これほどの深刻な病気になっても、処置をちゃんとやれば、またプロレスができるんだよっていうのはみんなに知ってもらうべきだと思った。だから検査はちゃんと早めに受けようねっていうところまでを含めてね。そうやってポジティブなものに昇華していければ、少なくとも何もしないより意味のあることになるんじゃないかな。

    相手が得意とするものと張り合って何かを
    見せつけてやろうという欲はまったくない

    ――病気を乗り越えた上でデスペラード戦を実現させたことによって、人生のフェーズは上がったと思いますか。
    クリス 一段階上のステージに上がれたかどうかはわからないけど、確実に物事のとらえ方は変わりました。ポジティブな日もあれば、ネガティブな日もあることに関しては変わらないし、そういった可能性は常につきまとう。今度の経過観察も、今ちょうど結果待ちをしているタイミングなんだけど、初めてそれに対する不安を覚えていないんだ。デスペラード戦の時は、それこそ結果次第でこの試合がなくなるかもれない。本当にできるのだろうかという不安がずっとある中で試合に臨んだんだけど、今回のアオキ戦に関してはそうした不安要素は感じていない。それが慣れだというならそうなんだろうけど、ポジティブもネガティブも全部、自分の人生の一部として取り込めるようになったと思うんだ。起こり得ることとして認識はしつつも、それに対しての不安はない…という見方ができるようになったのは、大きな変化だと思います。
    ――その変化の自覚が、自分の背中を押したのでしょうか。
    クリス 自分の体調が挑戦する上で不安材料になることは、もうないよ。不安があるとしたら、単純にアオキが強いレスラーであること。躊躇したのは、それに尽きる。
    ――アントーニオ本多選手が「キミならできる」と言ったそうですね。
    クリス 背中を押してくれたのはホンダサンです。アオキサンは確実に強さを持っていて、それによってDDTを動かしている。ひょっとすると、病気よりもアオキサンの方が怖いから検査結果が気にならなくなったのかもしれないね。
    ――これほど幅広いことを経験していても、相手に対し怖さを感じるものなんですね。
    クリス 正確には、強さに対する怖さより勝てなかったら、次にいつチャンスが回ってくるんだろう、これで勝てなかったらしばらくチャンスはないだろうなという試合のあとの事態を想定した場合の恐怖心。時間は無限ではないからね。
    ――青木選手は他のDDT勢とは違うMMA(総合格闘技)というバックボーンがあるわけですが、少年時代からプロレスファンだったクリス選手の中で、MMAはどういう位置づけになるのでしょう。
    クリス 総合の試合に出ているアオキサンの試合は見たことあるけど、それ以外はほぼないのでイメージや印象というものがないです。対戦(シングルマッチ)に関してはEXTREME王座を懸けて1度やっただけで(2021年7月15日、新宿FACE。ダイヤル固めでピンフォール勝ちした青木が王座奪取)、しかもあの時は僕がサブミッション禁止というルールを持ち込んだのでMMAスタイルを体感したわけでもなかった。だからノー・インプレッション。
    ――プロレスと並行してUFCやPRIDEは見ていなかったんですか。
    クリス UFCのルールが整備化されていなかった第1回~第3回ぐらい…それこそノーホールズバードのようなまだ技術が確立されていない頃の試合は見たよ。確かにあれはヤバいよね。でも、それも後追いだったんだ。これはMMAを卑下するわけじゃないけど、自分は完全にプロレス派の人間だったね。ブロック・レスナーがUFCに出た時は見たけど、つまりはそういうとっかかりがなければ興味を持てなかったんだ。
    ――そうだったんですか。これまで向き合ってこなかったジャンルの技術を青木選手は備えていることになるわけですが、そこに対応できるかどうかは試合をやる上でポイントになりますよね。
    クリス それはどうかな。アオキさんがウエノからベルトを獲った試合も、エンドウやハラシマサンとやった防衛戦も、タイトルマッチ以外でもオオイシサンとのシングルマッチも見たんだけど、みんなアオキサンのMMAスタイルでもやろうとしているのを見て、なんでだろう?って思った。あれじゃかなわないよね。それがわかっていながら、やろうとする。結果的に、一番勝利に近いところまでいったのはまったくそれをやろうとせず自分のスタイルでやりきろうとしたカツマタだったじゃないか。そういう意味で、僕はアオキサンの土俵に乗るつもりは一切ないし、いかにそれを狙ってくる相手をかわしきるかだと思っている。
    ――ただ、それでも引きずり込むのが青木真也の技術でもあります。
    クリス そこは程度の問題というか、彼が引き込んでくるとしても徹底的に付き合わない選択はできると思うよ。今までの引きずり込まれた選手は、それがプロレスラーとしてのプライドなのかもしれないけど、多少なりとも自ら付き合う選択をしてしまった部分はあっただろう。カツマタは最後フルネルソンでやられたけど、あれを極められるまでは徹底的に付き合わない選択をした結果だったと思う。自分の心を強く持つというか、腹の決め方次第で引き込まれることに関してストップをかけられるんじゃないかというのが僕の考えです。
    ――頭で思っていても、体の欲によって反応してしまわないですか。プロレスラーであるなら、なおさらやられたことで上回ろうとするでしょう。
    クリス なるほどね。そういう意味では、僕はレスラーとしてのプライドというものがないのかも知れないよ、ハハハ。正直、相手が得意とするものと張り合って何かを見せつけてやろうという欲はまったくないんだ。ダメレスラーね。
    ――そんなことはないです。では、代わりに突きつけるものとしてDDTに対する好きという感情を持ってきたのでしょうか。
    クリス 自分はDDTのほかにもバカガイジンとかいろいろなことをやっていて、そのすべてをDDTのファンはサポートしてくれている。レスラーとしてのアイデンティティーが何かっていうのが、自分の場合は難しい。それほどさまざまなことをやっているにもかかわらず、母国ではない国でありながら不思議なことにファンが支持してくれているんだ。だからDDTではないところもすべてひっくるめて、愛を返していきたい。オンガエシ? 自分の愛を、そういった人たちに届けたい気持ちがとても強いんだ。
    ――愛を与えているのではなく、もらっているという認識なんですね。
    クリス 確実にそうさ。僕はプロレスにおける目標とかマテリアルとしてのベルトがほしいとか、レスラーとして誰々みたいになりたいというものがなくて、ただただプロレスが好きだからここまでやってきた。その過程の中でファンから愛をもらい、自分がその機会を増やすことの積み重ねで大きくなれました。顔も合わせていないイギリスの人から「自分は去年、病気していたんだけどクリスのプロレスを見て元気になれました」と言われたことがあった。そういったものを与えて、逆にそういったことを言われてまた返してというやりとりが自分にとってプロレスをやる理由であり、本当にそこしかないから愛がプロレスの力になるというのは、クリス・ブルックスというプロレスラーにとってコアな部分になるんだと思います。
    ――自分にとってプロレスをやる上での根源的な要素を持ち出したタイトルマッチ…ですか。
    クリス コアでもあり、またオールでもある。あれほどストロングな相手とやるのであれば、自分が差し出せるものってそれしかないと思う。
    ――この試合に勝てば、盟友であるザック・セイバーJr.と2つの団体の最高峰ベルトを同じタイミングで獲得することになるわけですが、そういう物語はお二人の間で話として出ていましたか。
    クリス いやいや、僕もザックも「俺がいつかやってやるぜ!」みたいなタイプじゃないし「おまえなら絶対にできる!」って言えるタイプでもないからね。あいつならやれるってお互い信じているのに、言葉には出さないんだよ。だから、ザックがG1 CLIMAXで優勝した時も「やったな!」っていう言葉を口にする前に僕が泣いちゃった。なので、いつか二人でIWGP世界ヘビー級とKO-D無差別級を獲ったら…という話はしたことがなかったな。
    ――となると、お二人の想像を超えた形になる可能性が目の前にあるということになりますね。
    クリス それをして、運命と呼ぶのは簡単さ。でも実際は、そのつど岐路へ立つたびに自分の意思や行動で結果が変わると信じることによって、そこにモチベーションをちゃんと見いだしたいんだ。すべてを運命的な位置づけにすると、自分がどうやろうとも起こるものは起こるとなってしまう。変えられないのではない。自分の努力、行動によってよりよい方向に持っていく…それが僕の考え方です。やっぱりあれほどの病気をしたことで、すべてがそうなるように決まっていたとは思いたくないという考えに、自分がなったのかもしれないね。そこにもがく余地はあるんだと、信じたいんだ。

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