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【1万字インタビュー】KONOSUKE TAKESHITAの現在地――クリス・ジェリコに勝つという十字架を背負って歩んでいく覚悟はできています

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  • DDT26年の歴史の中でも最大級のドリームマッチが11・12両国国技館でおこなわれる。KONOSUKE TAKESHITAはAEWではなくDDTのリングでクリス・ジェリコとの一騎打ちを実現させることを野望として抱いてきた。その背景にはいくつもの物語とTAKESHITA自身の思いが刻まれていた。育み続けたその熱量を言葉にし放出した上で、決戦に臨む――。(聞き手・鈴木健.txt)

    AEW** **初登場時、試合直前に
    ジェリコから言われたこと

    ――9・24後楽園のリング上で、クリス・ジェリコとの一騎打ちが発表された時の観客のリアクションは、どんな味わいでしたか。
    TAKESHITA まず、ジェリコとシングルでやりたいっていうのは、AEW所属になった時点で思っていたことで。それをAEWのリングでやるというのは自分自身も想像できるところまで来ていましたけど、そこはDDTのリングでかなえたいという気持ちがあったんです。
    過去にDDTではWWEスーパースターのパロディーのようなことをやってきましたけど、旗揚げ当初のことを思えばモノマネではなく現役バリバリのスーパースターが上がるなど考えられなかったことですから、それを現実のものにするのが僕の中での密かな野望だったんです。それがかなうというところの達成感はありましたし、お客さんの中にあるTAKESHITAと誰だったら実現するだろうという想像を遥かに超えたかった。だからあの時のリアクションを感じた時は、素直によかったって思いました。
    ――あの空間での瞬間最大風速数は、2008年末の後楽園ホールで翌年の両国国技館初進出を発表した時に匹敵するものがありました。
    TAKESHITA あのインパクトは、僕もサムライTV視聴者として伝わってくるものがありました。すごいことをやるんだって思いましたけど、そのあとも両国国技館を毎年やって、日本武道館、さいたまスーパーアリーナってステップアップしていく中、驚きのハードルが上がっていってインフレを起こして、それ以上の驚きとなるとクリス・ジェリコがDDTに来るというぐらいしかないだろうということですよね。そこに1年かけてたどりついた感じです。僕としては長い1年でしたけど。
    ――この1年は長く感じていたんですね。
    TAKESHITA  こっちの1年はすごく長かったです。月日が経つのは早いんですけど、AEWってその日の出番があるかどうかわからない状態で毎週会場にいかなければならなくて、最低でも12、13時間は会場で監禁状態になる。そこで試合があったら何ができるか、あるいは試合はなくても出番が来たら何ができるかを考えなければならない。だから体感としてはすごく長い。その中のひとつとして、ジェリコと接触しておくという自分の中のミッションがあったわけです。それを所属になった時からやっていっての1年ですから。では、そもそもなぜジェリコなのかをお話しましょう。まだAEW所属になる前、DDTからアメリカに渡った去年の4月、そこから約4ヵ月武者修行の形でいたんですけど、その4ヵ月をやりきったなー、でも…これは日本にファンに届いているものなのだろうか。アメリカでは認知してもらえたけれど、それがDDTに還元できているのかを考えて不安になった時があったんです。そのタイミングでジェリコが、僕のことを“Future world champion”とツイートしてくれたことがあって、それを見た時に僕のプロレス人生11年の中で一番キツかった4ヵ月が報われた気がしたんです。同時に、そう言ってくれるのであれば何かジェリコとできることがあるんじゃないか、まだ誰もやったことがない…ジェリコが世界的スーパースターになってからも何度か日本に来ていて、常に超スペシャルゲスト的なポジションでしたよね。今の僕なら、対等に闘えるんじゃないかと。超大物vsDDT期待の竹下幸之介ではなく、リングの上であれば本当の意味でイーブンにやり合えると思ったんです。それはアメリカで実現してももちろん話題になることだけど、DDTでできることっていうのが、こうやってアメリカに送り出してくれたDDTへの恩返しになる。そういうことがあって、クリス・ジェリコをDDTに呼びたいという気持ちが固まりましたね。
    ――ツイートを見た時、ジェリコの中に自分の存在が入っていることを確信できたのは大きかったでしょうね。
    TAKESHITA 去年、そういう形でAEWに参戦させてもらいましたけど、2年前にも1週間だけアメリカにいって、AEW Darkで2試合したんです。その時の本当に初めての試合(2021年4月7日、ダニー・ライムライト戦) で入場直前、たまたまバックステージにいたジェリコが「おまえは日本人か?」って話しかけてきたんです。まだ英語を話せなかったから中澤マイケルさんがついてくれていたんですけど「DDTという団体から来たタケシタっていう選手です」って伝えたら、身長がいくつかとか聞かれたあとに「そうか。これから日本のプロレスはおまえが盛り上げていかないといけないな」という感じで。それで「よし、今からおまえの試合を見ておくよ」って言われたんです。
    ――AEWファーストマッチの直前に、ジェリコに見られるという事態になると。
    TAKESHITA  それは嬉しいなと思いながらリングに上がって、試合が終わってバックステージに戻ってきたらここがよかった、こでもここが足りないってすぐにフィードバックしてくれて。本当に見てくれたんだ!ってなりましたよね。リング上からも見ている姿はわかったんですけど、自分はすごいところに来たんだなって思いながら無観客の中でやったんです。やっぱり僕は2000年代のWWEを見て育った人間なので、そこへのリスペクト心がすごくあって…いやあ嬉しかったですよね。今でこそプロレスラーになっていますけど、その時ばかりはファン心になりました。

    “本家”にウォールズ・オブ・
    タケシタを決めるという物語
    ――19年前の小学2年生だった時、WWE日本公演大阪城ホール大会でトリプルHvsクリス・ベノワ戦を見たことで竹下幸之介はプロレスラーになろうと思ったわけですが、そこにジェリコも出ていました。
    TAKESHITA  そうなんですよね。ただ、入場のインパクトが大きかったのでそればかりが記憶に残っていて試合は憶えていないんですよ。
    ――ランディ・オートンとシングルマッチをやっています。
    TAKESHITA  おおっ、いいカードですね。まさに、当時エボリューションとして上がってきている頃のオートンですよね。
    ――その時に見た選手と19年後に対戦することになろうとは。残念ながらクリス・ベノワとの対戦はかないませんでしたが、同じクリスで同じ時代に生きたベノワの盟友です。
    TAKESHITA そんな大阪城からの物語と、もうひとつの物語があって。2012年8月12日のデビュー戦の前に、ビアガーデンプロレスで福田洋(トランザム☆ヒロシ)とエキシビションマッチをやったんです(8・4新木場1stRING)。その時、福田洋がアイアンマンヘビーメタル級のベルトを持っていて、僕が逆エビ固めで勝ったんです。練習生が逆エビで勝つのを見て面白がったヤス・ウラノさんとアントーニオ本多さんが「あれは逆エビじゃない、ウォールズ・オブ・タケシタだ」って言い出して、それが技名になったんです。
    ――あれは自分発信ではなかったんですね。
    TAKESHITA 僕がお世話になった先輩3人の絡みで名前をつけた技を授かって、そこから僕のプロレス第0章が始まっているわけですけど、それをDDTのリングで本家(ジェリコの代表技としてウォールズ・オブ・ジェリコ=逆エビ固めがある)に決めたら物語になるし、またそれをウラノさんや本多さんに見てもらいたいですよね。
    ――ファン時代にさまざまなWWEスーパースターを見ていた中で、ジェリコだけに抱いていた評価はどんなものだったんですか。
    TAKESHITA 僕が生涯一番好きなプロレスラーはクリス・ベノワなんですけど、新日本プロレスでワイルド・ペガサスを知っていて、そのあとWWEを見た時に名前は変わっているけど自分が知っている選手が出ていると思って興味を持った。あとから(2代目)ブラック・タイガーがエディ・ゲレロだということも知って興味を持って、あとWARも見ていましたからライオン道がクリス・ジェリコになっているんだっていう感じで受け取っていたんです。
    ――日本のプロレスで見たことがあるあの選手がリングネームを変えて出ているという認識ですね。
    TAKESHITA なので、WWEを見始めた当初からクリス・ジェリコに対しての関心はありました。ベノワ、ジェリコ、エディは特に竹下少年が好きで見ていた3人ですね。ファン目線ではありましたけど、その頃から単なるアメリカンプロレスではなくどこかストロングスタイル、ジャパニーズレスリングを感じさせる闘いを見せていて、ジェリコは今もそうですよね。僕の理想のプロレスっていうのは、日本とアメリカのプロレスはどっちが上かっていう見方じゃなくてミックスされたものがいいと思っているので、それをうまく体現しているのがジェリコだと、プロになったことでよけいに思います。
    ――その意味で、自分自身が目指す道筋の一つを示しているプロレスラーだと思いますか。
    TAKESHITA  そうですね。日本のプロレスはアメリカよりも優れている部分がたくさんあるとは思いますけど、やっぱり大会場であれほどのお客さんを魅せるという部分では、アメリカンプロレスは必要な要素であり、絶対にそれをないがしろにはできないんですよ。そういう部分でクリス・ジェリコは一流だし、時代ごとに代名詞となるフィニッシャーがあるところも含めて、その時代その時代を創り上げている人間であり続けるあたりが、11年プロレスをやってきた自分が改めてすごいことだと思うんです。
    ――WWEに限らず新日本プロレス、AEWと時代の流れの中で埋もれることなく最前に居続けているのがすごいですよね。
    TAKESHITA  そこで無理をしている感じもないですし、異名やキャッチフレーズも時代ごとに新しいものを生み出しているのも、ジェリコぐらいしかいないんじゃなかって思います。
    ――いわゆるアップデートし続けていると。メモリーされているジェリコの試合の中で、強く刻まれているものをあげるとすれば何になりますか。
    TAKESHITA  ジェリコとショーン・マイケルズの試合がまず出てきますね(2003年のレッスルマニア19)。あとベノワとのクリップラー・クロスフェースとウォールズ・オブ・ジェリコの仕掛け合いの攻防も面白かったし、ラダー上でウォールズ・オブ・ジェリコをやったシーン(巨大ラダーの最上段に相手の腰を当て反らせて絞る)も子どもながらに鮮明に憶えています。日本公演の横浜アリーナでザ・ロックとやった時も統一チャンピオン(WWF&WCW両世界ヘビー級王者)としてやってきて、親に買ってもらっていた週刊プロレスと週刊ゴングに大きく載っているのを何回も読み返しました。その2年後の日本公演で、生で見られたわけですけど。そういう中で、これはマニアックなチョイスになってしまうんですけど2013年ぐらいの「ロウ」でやったジェリコとザ・ミズとウェイド・バレットのトリプルスレットマッチがね、僕がプロレスラーになってから見た中で実は大きな影響を受けているという意味で五本の指に入る試合で、ひとことで言い表すとクリエィティブなんですよ。当時、自分の中でプロレスはこうあるべきだ!って凝り固まっていたものが消化させられたというか。パズルのようにピースとピースがつながっていって、それが見ていてすごく気持ちいいんですよ。
    ――いい試合、すごい試合とはまた違う気持ちのいい試合。グルーヴ感のようなものですか。
    TAKESHITA  確かWWEの公式YouTubeに上がっているはずです。僕もクリエィティブ面ではこだわりを持って試合しているんで、そういう意味ではかなり影響を受けましたね。

    あと1年踏み出すのが遅かったら
    AEW** **でのチャンスはなかった

    ――対戦するにあたり、フィジカル面では自分の方が上という自信があると思われますが、そうではない点で気をつけなければと思っているのはどの部分ですか。
    TAKESHITA パワーとかスピードとかテクニックとか、それらをグラフにしたら負けているところはひとつもないです。でも、ジェリコが評価されているのはそういう部分ではないですよね。キャリア、経験を重ねていくことでしか得られない何かなんです。僕がそれを最初に経験したのが、両国の棚橋弘至戦でした(2014年8月17日)。あの時点で線は今より細かったけど、パワーもスピードもなんなら今よりあったんじゃないかっていうぐらいで、もう自信に満ち溢れていてどれだけ動いても疲れないほどだったのが、今まで一回も映像で見られていないぐらいのトラウマで。それぐらい何もできなくて何ひとつ勝てたという要素がなかった試合でした。たぶんジェリコと対戦した相手は、ほとんどがそうなってきているんですよ。その何かに塗り潰され、打ちのめされてきている。僕はアメリカでスーパースターたちと試合をしていく中で、ある日「あっ!」って思ったんですよね。時間を重ねないとどうにもならないことで闘っても勝てないんだと。だから僕は、フィジカルオバケになるしかない。相手をぶん投げ、高く飛び、強烈な打撃を打ち込むという結論に達したんです。
    ――フィジカル面で度を超すぐらい圧倒的なものを見せれば、時間をかけて作り上げてきたものも凌駕できると。
    TAKESHITA  そうです。だからこれからの僕はそれで勝負していくし、ジェリコに対しても同じです。一番自信のあるところで曲げてしまったらなんでもない試合になっちゃうんで。自信を持って言えるのは、KONOSUKE TAKESHITAvsクリス・ジェリコというシングルマッチはフィフティ・フィフティでやれるところに来ている。なぜなら、ケニー・オメガに1週間で2回勝っている男ですから、実績ではジェリコに劣っていない。試合を見たら「TAKESHITAが勝っちゃった!」ではなく「これはTAKESHITAが勝って当然だな」と思ってもらえる存在には、もうなれていると思っています。
    ――もちろん勝敗も重要ですしそこに注目が集まるわけですが、もうひとつの勝負としてはどちらが存在感で持っていくかの勝負でもありますよね。
    TAKESHITA  その点も僕はフィジカルで相手のオーラを潰し続けてきたんで、ジェリコ相手でもできると思っています。TAKESHITA、存在感なかったなという試合は一度もAEWでしたつもりはないし。今回はDDTのリングであってもホームとは受け取っていなくて、すべてのお客さんがTAKESHITAを見に来るわけではない。ジェリコが見たくてやってくる人も確実にたくさん来るでしょう。それによって空気がジェリコに流れたとしてもフィジカルで圧倒して、最終的には「DDTってすごい、KONOSUKE TAKESHITAってすごい」って思って帰ってもらうのが理想ですよね。でも、そこで勝とうとする試合ではないんですよ。今はジェリコが勝って当たり前ではなく、僕がむしろ負けられない立場なんで。ケニー・オメガに勝ったことでこれからのプロレス人生はより“負けられない”を背負っていかなければならない立場になったということです。そしてジェリコに勝ったら、またそこで背負うものが増える。その十字架を背負って歩んでいく覚悟はできています。
    ――TAKESHITA選手は世界の頂点に立つと宣言していますが、ジェリコも自身のフレーズの中で“Best in the world”と言ってきた存在です。
    TAKESHITA その意味でも、ボクシングの世界タイトル戦が日本でおこなわれるようなものだと思ってもらいたいし、それをDDTのリングでできることが何よりも嬉しいですよね。 理想ではなく、現実のものとしての“世界”をDDTで展開できるんですから。そしてそれができるのは僕しかいないし、日本を見渡しても本当の意味での世界規模としてのことをやれる人間がどれだけいるか。野球でいうところのWBCやサッカーのワールドカップを日本が開催されたらを考えてほしい。
    ――シングルマッチが決まったあと、AEWではタッグマッチと6人タッグマッチで対戦しています(10月25日現在)。実際に触れてみての気づきは何かありましたか。
    TAKESHITA  うーん、シングルはまた違いますからねえ。ちょっとマッチアップした限りでは、やっぱり日本っぽいですよ。ジャパニーズレスリングをAEWで感じるのはジェリコとブライアン・ダニエルソンのような日本のマットを経験した上で影響まで受けた人。そして、アメリカで成功を収めたのもそれを持っているからなんだなって感じるし、そういう時に、日本のプロレスのすごさを再認識しますよね。プロレスは闘いなんだということを感じさせる闘いをジェリコはやっている。
    ――今回のドリームマッチが実現するのも、AEWという場を抜きには実現していなかったと思われます。自身のキャリアの中で、WWEではないアナザーとしてAEWが生まれためぐり合わせを客観的にどう受け取っていますか。
    TAKESHITA  去年3月の両国国技館で遠藤哲哉に敗れてKO-D無差別級のベルトを失った時に、僕は「ここからが竹下幸之介の第2章」って言いました。その時、新しい世界に飛び込まないと見ている方も夢とか希望とかを託せないというか。僕はチャンピオンとして、もう1周も2周もしてしまっていたのでこの先何を見せられるのかといったら海を越えるしかないと思ったんです。そこでWWE or AEWっていう選択肢になるわけですけど、当時のAEWは男子のメイン級プレイヤーもそんなに人数はいなくて、ましてやシングルのベルトを巻いた日本人は女子を別としていなかった。その、誰もやっていないことをやりたかったんです。その時点では、まだAEWが今のように巨大なものになるかどうかなんて確信がなかったわけで、それでも自分の意志による選択だったんですね。そうしたら、そこから1年ぐらいでどんどん選手も増えていって、たぶんあと1年踏み出すのが遅かったら僕にチャンスはなかったと思います。こういうのはすべてがタイミングであって、僕をAEWにいかせた衝動的な何かが2021年の年末ぐらいにあったんです。コロナ・パンディミックによって日本のプロレスも声を出せないというのが続いた時に、これはプロレスをやっていてもしょうがないな、10年やってきたんだからもう十分じゃないか。だったら最後は挑戦してみたいと思ってアメリカにいったんで、それが導きというものだったのかもしれないし、確かに運命的なものでもあるんだなと思います。導いてくれたAEWと送り出してくれたDDTがなかったら今の僕はないわけで、その恩返しをするのはそれによって実現するクリス・ジェリコ戦というのが一番でしょう。
    ――常々言っている世界の頂点というものは、ベルトを獲るとか誰かに勝つというものを超越した何かですよね。それは具体的な形として見据えられているんでしょうか。
    TAKESHITA  世界中のプロレスファンが「今のプロレス界でタケシタが一番だ」って言ったらそれが頂点。そういうのって全員が一致した評価になるわけではないにせよ、現にAEW世界王座を持っているわけでもWWE王座を持っているわけでもないし、今現在はIWGP世界ヘビー級王者でもないけれど、僕は客観的に見てウィル・オスプレイは世界一という領域に足を踏み入れようとしていると思うし、今はシングルのチャンピオンではないけれど日本の一番は誰かと聞いたらオカダ・カズチカと答えるファンが多いと思うんです。だから自分もそうなるためには、一度は“世界”の名がつくベルトを巻くことも必要なんでしょうけど、それよりも世界中のプロレスファンの中で「タケシタが世界一」と言うようになれば、それが世界一のプロレスラーだということです。僕は21歳ぐらいの時から言っていたと思うんですけど、自分の全盛期はたぶん32歳ぐらいに来る。それは勘でもあるけどある意味、自分を追い込んでいるところもあるんです。
    ――タイムリミットを定めるという意味で。
    TAKESHITA  そう。だから27歳でアメリカに出るのは早い方だと思われるかもしれないけど、32歳が全盛期だとしたらそう時間はない。プロレスラーとしての引退、本当のゴールは40歳と決めているんで、そこでまだ12年あると思うのか、もう12年しかないと思うのか。僕は常に生き急いでいるんであと12年しかないよ、全盛期なんてあと4年もすれば来ちゃうんだよと思っています。2、3年前までは描いていたプロレスラーとしての人生設計と比べると遅れをとっていると思っていましたけど、AEWに出ることでやっと追いついてきたかなっていう感じです。まだ足りないですけど。
    ――達成できていることに関しては、その人生設計以上にいい形になっているのでは?
    TAKESHITA  いや、僕の中ではあくまでもちょっと遅れをとっている、ですね。これじゃ、プロレスの歴史の教科書に載ったとしても真ん中ぐらいのページにちょっと載るぐらいで、表紙にはならないでしょうね。
    ――世界プロレス史の表紙になると。
    TAKESHITA  プロレスラーになったからには、そうなりたいと思っているんで。でも確実に2023年11月12日、両国国技館のクリス・ジェリコ戦はその歴史の教科書で竹下幸之介のページが編集される上で記されることですよね。それはDDT26年の歴史の中でも大事件だし、今後これ以上のことはおそらくないと思うんで。

    両国メインで上野は“人間”を出せ
    高木さんにジェリコ戦を見せたい

    ――わかりました。その両国大会なんですが、メインでクリス・ブルックスのKO-D無差別級王座に挑戦する上野勇希選手についての話をお聞かせください。
    TAKESHITA 両国国技館のメインって、まあタイトルマッチという時点でみんな特別な思いを持って試合をするんですけど、僕も何度も経験してちゃんと地に足をつけて試合ができたのって去年の3月が初めてだったぐらいなんですよ、やっと自分の試合ができたなって思えたのは。それは対戦相手がどうこうではなくて、両国のメインには魔物がいるんです。クリスは7月にやっていますよね。上野は初めてでしょ。そこで自分の100%以上の力を発揮できる選手なのか、それとも普段の力も発揮できない三流レスラーなのかが見えてしまうと思うんです。だから、団体としても本人としても上野勇希でDDTを盛り上げていきたい、次のエースは上野勇希っていうのがあるのは明らかですけど、果たしてその器なのかどうかが勝とうが負けようが本当の意味でわかる場になると思います。「これは上野についていけば大丈夫だ」って思えるかどうかは両国のメインを見てもらえたらわかるし、クリスはクリスで前回はチャレンジャーという立場だったのが、今回は最後の入場者として迎える両国国技館っていうのはまた難しいんですよね。そういう意味では、プロレスラーとしてはもちろんだけど二人の人間としての懐の勝負なんで、それが出ればいいんじゃないかと。クリスも上野も、まだカッコつけているところがあるというか、体の内側から湧いてくる素の人間性を出そうとしていない。僕は人間が出た時に、これからのDDTがどうなるかすべてわかるんじゃないかって思うんですよね。
    ――TAKESHITA vsジェリコのドリームマッチのあとにメインを務めるというのも大きなプレッシャーになるでしょう。
    TAKESHITA それがプレッシャーに感じるようだったら、僕とジェリコがメインをやるんで、当日でもいいから変えてください。TAKESHITA vsジェリコがなんだ!って思ってくれるぐらいでないと、こっちもやり甲斐がないんで。
    ――高校時代から知る人間として見て、上野勇希は両国のメインという難問をクリアできると思いますか。
    TAKESHITA  高校の時から、もっと言うと7月の両国で僕と闘った時までの上野だったら無理ですね、うん。彼はまだDDTに入ってくる前に、僕と両国国技館の試合を見にいっていました。あの時に見た舞台に自分が立つにあたって、この身を捧げますということを口で言うだけじゃなく心で見せないとお客さんの心は動かない。
    ――あとひとつ、DDTでともにやってきた赤井沙希選手がこの日を最後にリングを去ります。伝えたいことがあれば。
    TAKESHITA  赤井さんとはね、試合はほとんどしないままだったんですよね。赤井さんがデビューするかしないかっていう時に串刺しビッグブーツを伝授した者として、今までで一番強烈なビッグブーツを両国のリングで決めてください。あとは、これを言うのは野暮なんですけどケガなく…ケガなくリングを降りてほしい。僕が一番思うことはそれですね。引退試合をする方に言うことではないんですけど、ケガさえなければまたやりたくなった時にできるんで。最後に思いっきりやってもらいたいんですけど、思いっきりやることで思わぬケガしてしまうこともあるんで、本当にケガなくリングを降りていただきたい。それだけです。
    ――TAKESHITA選手が離れている間も、こうしてDDTのリングは停まることなく先へ向かって流れているわけですが、海外でDDTの名前が広がって言っているという実感は得られていますか。
    TAKESHITA アメリカではかなり知られてきていますよ。僕だけでなくMAOも頑張っているし。でも、それ以上にTJPW(東京女子プロレス)の名前がこっちでは強くて。どっちが上かっていうのは僕の中にはないですけど、男子レスラーももっと頑張ってよって思っています。もちろんアメリカに来ることだけがすべてじゃないけど、もっと必要とされるようにDDTの後輩たちがなれば、当然知られていくわけですし。
    ――DDTの名を広めるという意味では、飯伏幸太選手との絡みが現実になっているわけですから、どのタイミングでシングルマッチをやるかというのも世界は注目していると思われます。
    TAKESHITA  僕はいつでもいいです。ただ現実的に今、それが組めるリングはAEWしかないでしょう。そういう意味では夢がありますよ。AEWはドリームマッチが当たり前に組まれていく団体ですからね。だから日本のファンの皆さんはお金を貯めてアメリカまで見に来てください。こっちの雰囲気をDDTのファンにも味わってほしいんですよ。
    ――現在のようにリアルタイムで海の向こうの試合が見られなかった時代は、レッスルマニアを見るために海を渡っていきましたからね。
    TAKESHITA  そういう熱量がいいんですよね。僕は本当に飯伏選手がいいんであればアメリカでも日本のどのリングでもやりますし、それを見て高木さんが熱くなって「よし、DDTでもやろう!」ってなって組んでくれれば日本に帰ります。でも僕は、こうして人生を賭けた行動を起こした結果、今があるんで。だからみんなにも…レスラーにも団体にもファンにも行動を起こしてほしいんです。行動を起こすことで道が拓けることを体感してもらいたい。やっぱりDDTには、高木三四郎にはリスクのあるチャレンジをしてほしいって思っています。もちろんジェリコを呼ぶことで大きなリスクはあるのかもしれないけど、僕とやることでそのリスクではなくなるんで、高木さんは安心して見てください。
    ――ああ、同じようにWWEの影響を受けた上でDDTをけん引してきた高木三四郎に見せたいですね、ジェリコ戦を。
    TAKESHITA  今年の3月に僕と一騎打ちをやった時に、僕は「高木さんにはもう一度KO-D無差別級チャンピオンになってほしい」って言いましたよね。
    ――言いました。
    TAKESHITA  あのあと、KING OF DDTに出たりで1ヵ月ぐらいはやる気を出していましたけど、今は元に戻ってしまっているんじゃないですか。
    ――先日も20年ぶりに全日本プロレスへ参戦したというのに、6人タッグマッチで一度もリングに上がれなかったと言ってぼやいていました。
    TAKESHITA  ダメですよ、プレイヤーとしての輝きも鈍らせちゃ。TAKESHITA vsジェリコを見てもう一回、高木三四郎をファイヤー!させるしかないですね。

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