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【ドラマティック・ドリーム・コラム】新木場から両国へGO! ヒロムと平田の夢物語に踊らされたい、踊りたい。(三田佐代子)

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  • プロレスはいきなり見ても面白いけれど、長く見ていると、そして長く続けていると思いがけないプレゼントがある。DDT11月12日両国大会の高橋ヒロムvs平田一喜のシングルマッチは、そんな試合だ。

    高橋ヒロム(当時は高橋広夢)は2010年8月、新日本プロレスのNEVER新木場大会の三上恭佑戦でデビューした。その5ヶ月前の2010年3月にDDT後楽園大会のvs石井慧介戦でデビューしたのが平田一喜なので、団体は違えどヒロムと平田は同期ということになる。そして翌年の2011年2月24日、NEVER新木場大会の第1試合で高橋広夢vs平田一喜というシングルマッチが組まれ、広夢が平田にフィッシャーマンズスープレックスホールドで勝ち、デビュー半年にして初勝利を収めたのだ。今から12年前のことになる。

    そもそも改めてその事実が広く知られたのは、3年前に平田一喜がリング上で「僕はあの今をときめく高橋ヒロム選手の初勝利の相手なのにwikiにも載っていない」ということを突然告白したからだった。自分が初勝利を挙げた試合ならともかく、自分が初勝利を「捧げた」試合というのは選手にとってどれくらい覚えているものなのだろうか。

    「めちゃくちゃアナウンスされたんで、覚えてますね。『なお、この高橋広夢選手はプロデビュー初勝利となります』みたいなアナウンスがあって会場がめちゃめちゃ盛り上がったんですよ。あ、捧げたと思った、負けながら」(平田)

    今は新日本プロレス内のタイトルの名前として残っているNEVERは、2010年代前半に開催されていた新日本プロレスの若手主体興行だった。そして同じ頃、DDTも月刊若手通信という若手主体興行を行っていて、どちらの興行も団体の枠を越えて若い選手たちがしのぎを削り合った。そんな中で組まれたのが平田vs広夢というカードで、この2人はその後半年間でシングルで2回、タッグでも3回対戦し、若く激しい感情をぶつけ合ったが、結局平田は一度も高橋広夢に勝つことはできなかった。その後両団体の交流は途絶えたので、記憶はむしろ鮮明に平田に刻まれることになる。

    「vs新日本プロレス、vsヤングライオンっていうのは後にも先にもあの時だけで、同じような試合がその後全くないので、その数試合の記憶がかき消されないんですよね。意外とずっと残ってました」(平田)


    DDTが今回の対戦を機に公開した12年前の2人のシングルマッチの映像には、尖った髪型に鋭い目つきの平田一喜と、まだどこかあどけない表情で黒いタイツの高橋広夢を見ることができる。「いやまずは俺、今より強そうだなというのと、会場の静けさ。あれで当時の雰囲気を思い出しました」と平田は言う。今回公開された映像は広夢初勝利の試合ではなく、DDTの若手通信の方で行われたシングル2戦目で、記録によれば観客はわずか66人しかいない。

    一方、ヒロムも平田一喜のことを覚えていた。

    「やっぱり初勝利の相手っていうのは記念すべき相手なので、平田さんとはまたいつかどこかでリング上で巡り会える日が来るのかなと思っていましたけど、新日本が鎖国の状態が10年ぐらい続いていた。もう会うこともないのかなあと思ったんですけど、いろいろな方の力で実現したオールスタージュニアフェスで平田さんにサプライズ枠で出てもらったのは自分の中で平田さんへの愛です、完全に愛。自分の中では平田さんのことをずっと思ってましたよ、っていうメッセージでした」(ヒロム)

    高橋広夢はヤングライオンを卒業し海外遠征を経て帰国、強烈な個性とカリスマ性を持つ「高橋ヒロム」へと変貌した。一方平田一喜は度重なる膝の負傷で何度も長期欠場に見舞われながらも、気づけばダンスと手刀、ピカピカ光るサングラスと首固めを武器にDDTでも欠かせない存在になった。いつ、どんな会場でどんな対戦相手と戦っても平田の試合は面白い。本人はバラエティ班、第2試合の番人を自称するが間違いなくDDTの最重要選手のひとりだ。

    そんな平田一喜は今年3月、前述したとおり高橋ヒロム提唱のオールスタージュニアフェスティバルにサプライズ枠として登場。会場を爆発させ対戦相手のCIMAと共に「TOKYO GO!」を踊りきった。バックステージで高橋ヒロムと久しぶりに会った平田は、照れながら一緒に写真を撮ったという。

    「お互い過去の漢字の『高橋広夢』と若手通信の平田一喜はもういないんですよね。だから何だか『どうも、久しぶりです』なんて照れながら談笑して、当時お互い好きだったアイドルの話なんかしてお写真撮りましたね」(平田)

    8月の後楽園でDDT11.12両国大会に高橋ヒロムの参戦が発表。「沸々と昔の思い出が蘇ってきてノスタルジックな気持ちになり、この物語を回収するのは最初で最後のチャンスなんじゃないかと」平田は思うようになり、EXTREMEのベルトをしっかり防衛できたら挑戦表明しようと手紙を用意した。9.9大田区で土井成樹を破ってEXTREMEと更にはアイアンマンのベルトを守り抜き、「拝啓、高橋ヒロム様」とリング上で手紙を読む平田一喜の元に、その日後楽園ホールで試合があるはずの高橋ヒロムが風のように飛び込んできたのだった。

    「いえいえ、あれは俺が平田選手からオファーを受けたんじゃなくて、自分が平田選手と戦いたいって気持ちで行ってたんですよ。タイトルマッチの勝敗は自分は正直どっちでも良くて、平田さんが勝とうが負けようがとにかく平田さんだけを狙っていく。オールスタージュニアで平田さんと久しぶりに会って話して、やっぱり俺もう一度平田さんとやりたいなって思ったんで。そして今の平田さんのスタイルも好きなので。アイアンマンもいきなり取っちゃおうかなと思って狙ったんです、アイアンマンのベルトを新日本に持って帰ったらこれは面白いなと思って」(ヒロム)

    ヒロムは今の平田一喜の姿をちゃんと知っていた。そしてアイアンマンヘビーメタル級のことも意識していた。その上で平田一喜と戦いたいと、自らDDTの会場にやってきたのだ。

    舞台は整った。11月12日、両国国技館。あの日新木場で66人のために戦った二人が、今度は何千人という観客の前で戦う。これこそが、ドラマティックドリームだ。

    今回のスペシャルシングルマッチにはタイトルはかからないが、ヒロムからの提案で「DDTさんらしい特殊なルールで」行われることになった。

    「やっぱり普通のルールでやってもDDTのお客さんも喜ばないと思うんですよ、平田さんが相手なわけで。正直絶対勝ちます、高橋ヒロム。負けるわけないです。それはたぶん見てるお客さんもわかると思うんです。だったらどうやったら平田さんが勝てるのか、それは特殊ルールしかないんじゃないかと」(ヒロム)

    新日本プロレスだからIWGPジュニア王者だからといってNGは一切ない、相手の全てを受け止めた上で返すのが自分のプロレスだからというヒロムだが、一方平田一喜はルールについてはものすごく悩んでいるようだった。

    「平日のテンションで言うと『特殊ルールどうしよう!』と。ヒロムさん僕と普通に試合をしたいわけじゃないので、何だか狂った試合をしたいみたいで、それに見合うおもてなしのルールを果たして私は考えられるんだろうかと思って。今まではHARASHIMAさんだったり坂口征夫さんだったり相手の弱点を知ってたんですけど、ヒロムさんは別次元の人なので。これから徹夜して考えるしかないです。本多さんが昔話考えるのと一緒に徹夜して考えます」(平田)

    NGは何もない、というヒロムだが、2つだけ念を押された。

    「俺は新日本プロレスの人間なので、悪いですけど踊りには付き合わないですよ。平田選手は意地でも踊ってくると思いますけど、平田選手が踊る分にはかまわないです、踊れるのであれば。高橋ヒロム相手に踊れる余裕があるのであれば、どうぞ踊ってください。
    あと、常に俺はアイアンマンのベルトは狙ってますよ本当に。気をつけてください、一応注意喚起をしておきます」(ヒロム)

    それを平田に伝えるとますます平田は憔悴して、「あらー、じゃあもう引退しましたダンスは。ストロングスタイルvsストロングスタイルで行きます」と言ってみたり、「アイアンマン取られちゃったんです。ごめんなさい。お団子でも買って謝りに行こうかな」と動揺したりしていた。そう、アイアンマンはヒロム戦が決まった後に若手の正田壮史に取られてしまった。果たして両国までに平田はアイアンマンを取り返し、かつヒロムをおもてなしでき、その上で勝つことが可能なルールを考えることができるだろうか。

    あの日新木場で、まだ何者でもなかった若いプロレスラーがお互いの全てをぶつけ合った。その後別々の道を歩んだ2人は大きなケガと長期欠場を乗り越えて、他の誰とも違うキャラクターとスタイルを身につけた。どんな過去も大切で、ここに至る過程もどれひとつ無駄ではなく、だからこそこの再会の日のリングがある。感傷的な気持ちになりそうだけれど、そんな涙が引っ込むくらい驚愕のルールをきっと平田は当日までに徹夜して考えてくれるだろう。果たして平田はヒロムの前で踊れるのか、そしてヒロムは本当に踊らないのか。アイアンマンは当日に間に合うか。ただひたすらに、楽しみだ。

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