竹下と言えば押しも押されぬDDTのトップの中の一人である。色々なキャラクターがいるDDTにおいてそれぞれのレスラーをベビーだヒールだと明確に分類するのは難しいし野暮かもしれない。竹下は竹下であるだろうし、僕は中澤マイケルとしてそうあろうとしてただけだ。だがDDTに入るやいなや好試合と勝利を重ね、瞬く間にトップ戦線に躍り出た竹下はどちらかと言えばもちろんベビーと言えるのではないか。彼は若手でありながらにして「ザ・フューチャー」という呼び名を手にした。まさにDDTの未来であった。そしてその期待に答えるかのように幾度となくDDTの頂点であるKO-D無差別級のベルトを手にし数々の防衛を重ねてきた。まさに団体の顔とも言える。その竹下が今のAEWではマネージャーのドン・カリスとともに姿を見せれば観客から大ブーイングを浴びる押しも押されぬ大ヒールなのである。
2021年の4月、竹下がDDTを欠場するという発表があった。だがそれは怪我ではなくAEWに参戦するためであった。その時期竹下はトップ戦線で戦い続けてはいたがタイトル戦からは遠のいており、さらに秋山選手に続けての敗戦を喫し行き詰まっていた状況だったのだろう。その竹下が団体を通してなどではなく僕に直接連絡をしてきた。「AEWに出たい」と。転機を自ら求めたのだろうか。もちろん僕にはそんな力はないのでケニーにそれを伝えて欲しいというのが真相ではあったが。
試合はテレビ放送ではなくダークマッチでのシングルマッチに6人タッグ、そしてハウスショーではメインイベントでの10人タッグというカードだったがその試合を見ていたクリス・ジェリコが感嘆の声をもらすほどであった。まわりの選手たちもアイツはどこから来たんだ?あんなに若いのに、キャリアは何年目だ?と驚きを隠せない様子。DDTを家族と呼ぶケニーも鼻高々であったろう。竹下と組むためにケニー自身がダークマッチに出たくらいだから。僕もそこには入ってましたけど。そしてハウスショーのメインイベントではその3人にヤング・バックスを加えた5人、つまりジ・エリートのメンバーと共に戦った。
その遠征は竹下自身にとっては大成功だったと言えるのではないか。プロレスへのモチベーションを取り戻し、AEW、特に副社長の面々にはバッチリ好印象を残していったのだから。そしてその頃からAEWを主戦場にすることを考え始めたという。日本と行き来しながらもAEWへの参戦を続け、好試合も重ねていきファンにも認知されていった。解説陣たちはその時竹下に対し"excursion in AEW"つまり「AEWでの武者修行」という言葉を使っていたがそれは誤りかもしれない。武者修行と言うなら帰る場所があるということだろう。だが竹下はAEWを自分の居場所にしようとしていたんだから。そして契約も勝ち取ったし、テレビマッチでの初勝利もあげてみせた。
ゲスト選手に長期的なストーリーが与えられることは珍しい。アメリカのプロレスではストーリーが非常に重要であり、そのストーリーに入っていくためにも正式に契約する必要があった。そしてAEWでの竹下の物語はまたここから動いていく。
その頃竹下は一人の男に見初められた。ドン・カリスである。彼はマネージャー、参謀としては一流であり大きな試合を実現させる力もある。ケニーが東京ドームでクリス・ジェリコとUSベルトをかけ対戦したのは彼なしでは実現しなかったとかなんとか。その話が本当なのか幾分誇張されたものであったとしても彼がケニーも信頼する有能な男であったのは間違いない。彼は当時ケニーの相談役についており、ジ・エリートとも協力関係にあった。そしてそのころから彼の竹下へのアプローチがはじまった。竹下はジ・エリートの正式なメンバーではなかったが、ドンは積極的に竹下のプロモや試合についてアドバイスを与えている。竹下の英語が未熟なうちは通訳として間に入ることもあったので話す内容は僕も聞いていたのだが、確かに彼の言うことは常に一つ一つが的を得ていた。ドンは竹下がジ・エリートの力になれるように育てあげようとしているかに見えたのだが真相はどうやら違ったようだ。
ジ・エリートは長いことブラックプール・コンバット・クラブとの抗争が続いていた。自分たちが勝とうが負けようが関係なく常にブラックプール・コンバットクラブは試合後に背後からの不意打ち、そして他のメンバーを乱入させその人数で物を言わせ続けていた。ある日それを見かねたドン・カリスが助けに入ろうとパイプ椅子を持ってリングに向かってきたのだが、直前で煽られ怖気づいたのか逃げ帰ってしまったかに見えたがすぐに彼は帰ってきた、竹下を連れて。ドンに引っ張られて来た竹下は戸惑うもリングの状況を把握するや否やリングに躍り出て敵を蹴散らした。その後はジ・エリートとともに戦うことも多くブラックプール・コンバットクラブに対しての強力な戦力となってくれていた。
そしてその日は訪れた。5月28日、AEWのペイパー・ビュー大会であるダブル・オア・ナッシングが開催された。竹下は先だっての試合でブラックプール・コンバットクラブの試合後の凶器攻撃(スクリュードライバー)を食らい大流血。この試合のメンバーには入っていなかった。その穴を埋めるために一度はジ・エリートから離れた「ハングマン」アダム・ペイジが助っ人として入るというドラマもあった。4対4の試合は荒れに荒れ、流血してないものは誰もいないのではという様相になった。しかし最終的にジ・エリートが盛り返しケニーが敵の一人、ウィーラー・ユータを追い詰める。まさに片翼の天使が決まろうとしていたその刹那、レフリーの死角からドン・カリスがリングに入ってきた。それを見逃さないケニー。手を止めるドン・カリス。だがそのさらに背後から黒ずくめの覆面男がケニーを襲った。ジャンピング・ニーがケニーにヒット。それを機としたウィーラー・ユータがケニーから3カウントを奪うという荒れた結末に。そして試合後に覆面をとったその下には…竹下の顔があった。
その日以降竹下がドンとともにリングに上がればもう会場中から大ブーイングである。ドンがケニーを裏切った理由としてドン自身は「ケニーに今までさんざん良くしてやったのに恩を仇で返された」というようなことを言っていた。そして「ケニーという甥っ子は失ったが竹下という息子を手に入れた」とも。そして竹下はケニー・オメガにとってかわる存在であると。その横にいる竹下も「ケニー・オメガを倒すのはこの俺だ黙ってろ」とブーイングをする観客に大阪弁で返す。そして竹下はブラックプール・コンバットクラブと共闘するようになった。共にジ・エリートを標的とし、試合の中だけではなく時には場外からの乱入でとケニーとジ・エリートを執拗に狙う。ブラックプール・コンバットクラブには流血までさせられた。竹下にとっては憎むべき相手ではないのだろうか?
ブラックプール・コンバットクラブの筆頭ジョン・モクスリーがジ・エリートを揶揄するように言った言葉がある。「俺たちは互いを研ぎ澄まし合う関係だ、だがお前たちはただ仲良しごっこをしているだけのお友達だ」と。竹下は自分をより研ぎ澄ます場としてブラックプール・コンバットクラブを選んだのではないだろうか。そして、ケニーを最もよく知る男の一人であるドン・カリスのもとについたのではないか。ケニー、そしてジ・エリートを超えるために。
AEWで何度か行われてきた「ブラッド&ガッツ」という大会がある。この大会のメインイベントは常に遺恨を持つチーム同士が決着をつけるために行われる。ブラッドというだけあり反則裁定なし。そしてなにより特殊なのが2つの繋がったリングだけでなくすっぽり囲んだ巨大なケージの中で行われるというところだ。間違いなく凄惨な試合になるであろう。ブラックプール・コンバット側には竹下が入りジ・エリートと5対5で相対する。興味深いのは伏せられたメンバーが互いのチームにいることだ。負傷したブライアン・ダニエルソンの穴を埋めるのは誰なのか?そして竹下が抜け一人欠けたジ・エリート側には誰が入るのか?DDTファンにとっては竹下とケニーという顔合わせは見逃せないものになるだろう。(ここで多く触れるつもりはないがジ・エリート側の伏せられたメンバーとの顔合わせも見逃せないものになるだろう。) チームとしての決着がブラッド&ガッツでついたあとは個人同士で決着をつける機会も訪れるのではないだろうか。竹下の選んだ道は正しかったのか。そこできっとわかるに違いない。



