毎年普段のDDTとは一味も二味も違うメンバーが揃い、大阪に縁のあるレスラーを中心に興味深いカードが組まれることでおなじみの松井幸則レフェリープロデュース興行が、今年も10月10日大阪市東成区のコミ協ひがしなり区民センターで行われる。自身の興行では普段と異なる色合いの選手を呼び、カードを組んでいるのはなぜなのか。改めて松井レフェリーに尋ねてみると、こう答えてくれた。
「今のDDTは海外に行っている人間や怪我で休んでいる人間を抜かしても、レギュラーメンバーだけで30人を超える大所帯。そうなると実力はあってもフリー系の選手というのはなかなか出ていただく機会が減っているのが現状なんです。特にHUBや入江など、DDTの選手とも物語がある人間には、年に一回の自分の大会くらいは出て欲しいと毎回思っています」
今回、注目カードのひとつが、樋口和貞&吉村直巳組vs入江茂弘&MAO組のタッグマッチだ。現在KO-Dタッグ王者の破利魔王に、DDT出身でいま世界で活躍する入江とMAOのタッグが当たる。何より気になるのは入江とMAOのチームに「ザ『目も合わさない程の最悪な仲を解決してくれたのはプロレスの力。その信念は絶対に普通のいい試合はしない事、共通項は普通ではないプロレス頭』ズ」という長い異名がついていることなのだ。
いったい入江とMAOの間に何があったのか。入江がDDTのリングを離れた際に、ちょっとした行き違いがあった。面と向かって話したら解決できたかもしれないし、プロレスラーならばリングで戦ったらすっきりしたかもしれない。でも不幸なことにそれ以来距離ができてしまった。MAOは「正直試合も避けていたし、あまり見ていなかった」と言うし、入江は「育った環境も違うから仕方ないと諦めていた」という。
ただ誰よりこの2人の関係を心配していたのが松井レフェリーだった。「松井さんには仲違いした時からずっと入江さんとの事を気にかけさせてしまっていました。同じ会場の興行の昼夜でバッティングしてしまった時とか入江さんがDDT参戦した時とか」とMAOは語る。そんな中、2021年の大晦日に運命が入江とMAOを引き寄せる。年越しプロレスのシャッフル6人タッグトーナメントのくじ引きで、入江とMAOが大日本プロレスの中之上靖文を加えたチームで組むことになったのだ。その組み合わせが決まった瞬間MAOはなんとも言えない表情をしていたし、MAOによれば「松井さんはずっとニヤニヤしていた」という。周囲の心配をよそに、烏合會、と名付けられたチームはパワーと身体能力が合致した魅力的なチームで、大晦日を大いに盛り上げた。
入江「年末のシャッフルタッグで僕から話しかけ、『あの時は悪かった』と謝りました。それはもちろんプロレスラーとしてタッグを組んだからにはベストを尽くしたいという気持ちからでしたが、MAOとならベストなものを見せられると思ったからです」
MAO「自分でもビックリするぐらい入江さんとのコンビネーションが良くて色んな可能性を感じていました」
やっぱりプロレスの力はすごかった。ここ数年のわだかまりは一気に溶け、お互いに相手の可能性を認め、ベストを尽くすことができた。当人同士はもちろんのこと、松井レフェリーもどれだけ胸を撫で下ろしたことだろう。
松井は今回、自身の興行で改めて入江とMAOのタッグを組んだ経緯についてこう語る。
「自分はずっと、去年の年越しプロレスの続きを必ずどこかでやりたいと思っていました。あれがなければ、入江とMAOが組むことはきっと無かったんで、次はタッグで見たい!と強く思いました。両者にある程度近い存在だと思っているので、それから一年近く経ってしまいましたが、このタッグを実現できてとても幸せです。きっとプロレスに対する考えは似ているので、ハリマオに負けない噛み合ったチームワークを見せてくれると思います。」
入江とMAOの関係のように、松井レフェリーの興行ではいつかやらなければいけなかったこと、みんなに忘れて欲しくないこと、発表されてああ、そうだった、と思わされる顔合わせが多い。例えば遠藤哲哉vs高梨将弘のシングルマッチがそうだ。本来ならば今年の6月、KING OF DDTの1回戦で実現するはずで、当時は遠藤がKO-D無差別級王者、高梨がユニバーサル王者の王者対決だった。それが直前のサイバーファイトフェスティバルで遠藤が脳震盪により欠場になり、流れてしまった。
遠藤は「当時であればチャンピオン対決でしたが、状況が変わった今は挑戦者の気持ちで挑みたい。高梨さんは自由にプロレスをしていると思う。秋山岡田とのタイトルマッチの時も自分のスタイルを曲げなかったし、いい意味で頑固。高梨さんとの試合は毎回充実度が高いので、今回もただ勝つだけでなく今後のキャリアでプラスになるものを得たい」と今回のシングルマッチを楽しみにしている。
一方高梨はとても彼らしい言い回しで、遠藤を悔しがらせたい、と語ってくれた。
「自分がMAO選手と闘ったタイトルマッチの後にTweetをしていてそれが印象に残ってます。遠藤選手が言っていたDDTがみせられる最高の試合。それより自分は悔しく思わせたい。当然その為には勝つ事が必須です。DDTを意識しないでもDDTと言われてしまう自分が、遠藤選手を悔しがらせてやります。」
高梨の発言は、高梨がMAOからユニバーサル王者のベルトを奪取した後楽園大会後のツイートを指している。その夜遠藤はこのように気持ちを吐露していた。
「これは本心なんですが、大会後に『会場行って観ればよかった!』ってTweetしてる方、行かない理由よりも行く理由をみつけてほしい。悔しいけど今日のメインはそう思わせる試合だった」
DDTらしさとは何なのか。DDTが大きく変わりゆく中で、本人の意図に関わらず「古き良きDDTの雰囲気を身にまとい続けている」と評される高梨と、DDTを業界ナンバーワン団体にするために体を張り続ける遠藤。試合を楽しみにしている遠藤と、楽しいだけじゃ終わらせたくない高梨の思いが、大阪のリングで交錯する。
そしてもう1試合、佐々木大輔&HUBvs上野勇希&勝俣瞬馬のタッグマッチにも触れておこう。HUBと上野の久しぶりの邂逅だ。高校の同級生の竹下幸之介がプロレスラーになったことからプロレスを見始めた上野は、2000年代の大阪プロレスの映像を見てスーパードルフィン時代のHUBのカッコ良さに衝撃を受けた。そしてスーパードルフィンの必殺技であったWRを習得し、今や上野の代表的な必殺技だ。上野は今回の対戦について「こんな選手になりたいと思うほど、強さとかっこよさに憧れたHUB選手とUNIVERSAL王者として向かい合えることが楽しみです」とわくわくする気持ちを隠さないが、HUBはまた一味違う。今の上野について「運動神経がイイから飛びも投げも何でもできる印象。でも、だからこそ逆に何を魅せたいのかが伝わってこない」と手厳しいのだ。この顔合わせもまた、楽しいvs楽しいだけじゃない、の緊張感がある。
団体も選手も成長し、同じところに留まってはいられない。このリングを去っていく者、守り続ける者、時々やってきては刺激を与えてくれる者。松井幸則レフェリーも、いくつもの団体を経て高木大社長の三顧の礼でDDTに迎え入れられてからもう16年になる。松井レフェリープロデュース興行のカードをつぶさに見ていくと、松井さんが大事に思っていること、松井さんがすくい上げた選手のほんのわずかな心の揺れや機微が見て取れる。
今回の大会は「浮世の月にかかる雲なし」というサブタイトルがついているが、これは大石内蔵助の辞世の句だそうだ。ひと言でいうとこじつけですよ、と松井さんは笑うけれど、「ただ、プロレスってすごい力があるので、仮にもやっと雲がかかった状態だったとしても、試合が終われば綺麗に無くなって、みんな笑顔でいられると、プロレスにはそんなパワーがあるとそう思っています。」と付け加えてくれた。間違いなくこれが松井さんの本音だ。10月10日はちょうど満月。ひがしなり区民センターのリングの上にはおそらく、雲ひとつない美しい月がかかるだろう。



