DDT UNIVERSAL王座は、動画配信サービス「WRESTLE UNIVERSE」を通じ海外のプロレスファンの注目が高まる中で「世界各国に広く挑戦者を求め、国内のシングル戦線を活性化させる」目的のもと設立された。だが、2020年2月23日にクリス・ブルックスが初代王者となった直後より新型コロナウイルス感染拡大により渡航困難となり、外国人選手の招へいと現地でのタイトル戦開催が難しい状況に陥った。
その結果、歴代王者はKO-D無差別級王座との差別化と向き合うこととなったが、歴史を重ねるうちにチャンピオンが自身のカラーに染めるニュートラルなタイトルとして位置づけられるようになる。あれから2年、コロナ対策が徐々に緩和され海外遠征や外国人選手の参戦も可能に。6・1後楽園ホールでMAOを破り第7代王者となった高梨将弘は、世の中がそうなる以前から海外志向が強く10年前、さくらえみらとともにタイへ飛び現地におけるプロレス文化を開拓した一人だ。
7・24後楽園で岡田佑介を退け初防衛に成功したあと、7月30日にタイ・バンコクで開催されたSETUPタイランドプロレスリングの大会に出場。クリスと保持するアジアドリームタッグとともに、UNIVERSALのベルトも現地に上陸させた。
「これでUNIVERSALのベルトが初めて海外へ行った国はタイという事実は変えようがない。それが自分の中で嬉しいんです」
心血を注いだタイにおけるプロレスが、10年もの歳月をかけて花を咲かせている。自分たちが蒔いた種を現地で受け継いだ者たちによって育まれ、実となったのは高梨にとっても感慨があるだろう。
当日はメインでアジアドリームタッグ王座を防衛。UNIVERSALのタイトルマッチはおこなわなかったものの、東南アジア中から集まったプロレスラーたちにせん望のまなざしで見られたという。
「東南アジアってどこも小さい団体なので、ほかの国から選手を呼ぶことで興行が成り立つんです。タイでやるならインドやシンガポール、フィリピンの選手を呼んで、逆にフィリピンでやる時はタイの選手を呼んで…というように、お互い選手を集めて開催する。そうなると、各地のいい選手…おのずとチャンピオンが集まるからベルトを持っていない選手の方が少ないんじゃないかってなるわけです。全然違う国の選手が香港のベルトを持っていたりする。そういう中にUNIVERSALのベルトが入り込むっていうのも面白いものだなって思いました。
少なくとも各国の選手たちは『マサが持っているベルト』としてDDT UNIVERSALというタイトルを憶えたことになります。『ウチの国でタイトルマッチはできないか?』とも言われた。だから、ベルトの力ってじっさいにあるんですよ。もちろん責任も大きくなるけど、自由にやることと責任の両方を自分は回していけると思うんで」
現在も業界のロングセラーブランドとして続いている全日本プロレスの「チャンピオン・カーニバル」は、もともと世界中のタイトルホルダーを集めてナンバーワンを決めるという主旨からスタートしており、南半球ヘビー級王者(マーク・ルーイン)、太平洋沿岸ヘビー級王者(キング・イヤウケア)、中南米ヘビー級王者(カリプス・ハリケーン)といった日本では馴染みのない王座の存在を知った。規模こそ違いあれど、現在の東南アジアにおけるプロレスシーンがその趣きにあり、プロモーションの規模に照らし合わせるとUNIVERSALはメジャーなベルトとなる。
高梨の話を聞いて、こういう広げ方もあるんだなと思った。9月にはクリスの地元・イギリスに、そのあとにはドイツ遠征も控えており現王者が保持し続けるかぎりこのベルトは世界を巡ることとなる。ワールドワイドな活動になってきましたねと振ると、自重気味の微笑を浮かべてこう返してきた。
「いや、そんな大層なものじゃなくて、逆に体験してみたら意外と世界って小さいんだなって気がします。だって、やろうと思えば本当に誰でもできるんですから、現に翔太選手や竹下(幸之介)選手は自分で動いて海外にいったじゃないですか。そこにみんなが気づいて誰もがやるようになる前に、全部やり尽くしちゃっておきたいですね」
各選手に立場や他のやるべきことがあるのは前提だが、行動する姿勢を持てば世界は広がる。DDTではけっして体格に恵まれた部類ではない高梨がそれを形にできているのは、団体にとっても一つのいいモデルケースと言える。
そして、高梨にとっても海外での経験はDDTのリングにフィードバックされている。タイに種が蒔かれて10年といっても、東南アジア全体を見渡せばまだ“はじまり”の段階。ゆえに草創期独特の熱が発生し、自分がプロレスを続ける上で根源にあるものを呼び起こす。
「団体がどんどん成長していく中で、技術や興行そのものもブラッシュアップされ、洗練されていっていますよね。それに対しはじまりの段階って拙い部分がいっぱいあるんですけど、ムダなパワーやアイデアもすごくある。それを削ぎ落として見やすいように、わかりやすいようにしていくのが成長なんですけど、自分はアジアのプロレスのムダな熱が…ガンプロとはまた違う初期DDTらしさのようで好きなんですよね。観客が沸くという点ではアメリカの騒ぎ方も見ていますけど、それとも違う…俺たちがこの国における最初のプロレスファンだ! この選手が出てきたら俺たちが盛り上げるんだ!っていうエネルギーがすごいんです。
僕たちがいく2ヵ月前から河童小僧がいってて『河童を許すな!』『河童出ていけ!』『ノーモア・カッパ!!』っていう感じですごく憎まれていた。カッパというものがわかっているんですよね。自分も経験していない90年代のインディーズがこういう感じだったんだろうなって思いました。それに触れると、自分がどういうプロレスで育ったかということに立ち返れるんです。進化していくためにはいろんなものを取捨選択していかなければいけないんですけど、自分はそこへいくことによってそういうものを忘れずにやっていけて、武器になっている思いなんです。好奇心や考え方…具体的にこんな技術を学びましたというのは少ないかもしれないけれど、こうした経験が高梨将弘というレスラーを作っているのは確かです」
同じ刺激を味わい、クリスもタイの旅を満喫した。今度はそのクリスのルーツを9月に体感できることが高梨にとって嬉しい。こうしてDDTの内外で充実感を味わっているが、以前から一つ気がかりなことがあった。
他団体や海外で刺激ややり甲斐を味わう分、ホームリングへ戻った時にモチベーションを持つのが難しいのではないか。左足骨折による長期欠場から復帰する以前は、そんな思いを拭えずにいたのだ。ユニオンMAX王座を奪取してこれから昇り調子になると見られた矢先の大ケガで、気持ちの糸がプッツリと切れてもおかしくないと感じたファンも少なくなかったはずだ。
ここで高梨がUNIVERSAL王座防衛ロードにおいて掲げた「対DNA世代」というテーマにつながってくるのだが、それは8・20大田区総合体育館大会で販売されるパンフレットのインタビューで語っているのでぜひ購入し、試合前に頭へ入れて上野勇希とのタイトル戦を見ていただきたい。一つ言えるのは、たとえ長期間リングから離れるようなことになろうとも、高梨にとってプロレスはやめる対象ではない。
「前は、DDTに戻ると実家に帰ってきたような感じになっていいなっていうのがあったんですけど、今はそれだけじゃなくこの人たちと闘ってみたいと思いの方が大きいです。(9月14日でデビューして丸19年になるが)続けてこられたというよりも、逆にやめる気っていうのがわからないんです。闘龍門を抜けてDDTに入った経緯はあるにしろ、ここに来るまで楽しいことしかほとんどないんですよね。その中で足のケガをしたり、世の中がこういう状況だったりで、もしかするとやめちゃうんじゃないかっていう友人もいたんですけど『なんで? やめるわけないじゃん』って。長くやっても、やめようと思ったことがないんです。
それはほかのことができないとか、やめたくてもやめられない状況とか、そういうのじゃなくて単純にやめようと思うのがわからない。感覚としては、永遠の夏休みが続いているようなんですよね。アクシデントや不運があったとしても、それも込みで楽しんでいけるので、やめたいと思うところにつながったことはないです」
あの日――阿部史典とのユニオンMAX防衛戦開始直後に足を骨折し、117秒で王座から陥落した高梨は会場から病院に向かったものの「これは手に負えないから今日は帰って明日来てくれ」と言われた。その間、ずっとヤス・ウラノに付き添ってもらったのだが、自分の口からは絶望的な言葉は何一つ出てこなかった。
「これ、復帰戦は阿部選手とやるしかないですよね。普通に考えたらDDT所属なんだからDDTでやらなければならないけど、BASARAの選手である阿部選手とDDTのリングでやるのは違うんじゃないかってなりますよね。ということは自主興行のような形でやるのが一番いいですよね。じゃあ復帰する大会にはウラノさん、出てもらえませんか? ウラノさんが出るとしたら相手はこの選手で…」
細かい状態はわからずとも、長期欠場は免れぬケガであるのは明らかだった。にもかかわらず、早々と復帰プランを口にしたためウラノから呆れた表情で「高梨君は本当にプロレス病だね」と言われた。それほどに、やめるという選択肢がないのだ。
そんな高梨は復帰後、KO-Dタッグをクリスと奪取。2カ月後に王座から転落しても気運が途切れることなく、すぐにUNIVERSAL王座へ就いた。つまり、モチベーションの高さが実績となって可視化されている。
長きに渡りDDTにおけるバイプレイヤー的存在と見られてきたが、今ではタイトル戦線の主流を担う。それだけでなく、海外にDDTの名を広げる役どころも竹下と並んで実践。
「ライフスタイルがリング上に反映されちゃっているんで、たとえチャンピオンの立場になっても変わりようがないですね」と言うように、それでも根っこの部分は不変のまま。海外で得られた初期衝動のような熱を武器としてDDTのリングに在り続ける――これが来年20周年を迎える高梨将弘の現在地なのだ。



