7・15大田区大会パンフレット用に竹下幸之介の話を聞いた。2度目のKO-D無差別級王座を保持していた頃は年に数回インタビューしたが、この1年ほどは密なコミュニケーションをとる機会が訪れなかった。その間も数々の実績をあげ、ビッグマッチのメインに出るのが当たり前と思われるポジションを不動のものとしている。
2018年3月、日本体育大学を4年で卒業してからはプロレスラー一本でやれる立場に。子どもの頃に夢見たであろう、全部の時間を好きなことに費やせる人生を手に入れた。在学中の時点で限りなくそれに近い環境へ自分を置いていた人間が24時間没頭できるとなったら、これはもう最強である。
時間が増えた分、プロレスについてより向き合える。二十代前半の時点で同じ世代の人間が羨むほどのものを手に入れてきた竹下でも、まだまだ発見があるという。ボディビルへチャレンジしていた頃は4ヵ所のジムを掛け持ちするほどの超人的なトレーニング量をこなし自分を突き詰めまくった結果、無の境地にまで達観し「空気の味まで認識できるようになった」ほど。
それが現在は「一日2回もいっているわけじゃない」ペース。それでも再び成長期が来ているらしく、この一年でまた体が大きくなった。さまざまなプロレスのスタイルをラーニングする竹下だが、現在のファイトを見るとやはり目を見張るのは瞬発力。「投げられない人がいない」と絶対的な自信を持つスープレックスだけでなく、最近は独特のフォームから放つラリアットも一発でその場の空気を変えるほどに完成度を高めている。
そこまで自分を高めてしまい、またその自覚があるためそれに沿った発言をするほど別格感が漂ってくる24歳。とはいえデビューしてからこの8月で7年、業界に入った年から数えると来年で10年となるから、そのキャリアを思えば突出した存在になっても不思議ではない。
パンフレットに掲載されるインタビューではそんな竹下が現在、何をモチベーションにしてプロレスをやっているか聞いてみた。若くして達成感を満たせたことから“やりきった”という意識が芽生えていないか、この1年ほどずっと気になっていたからだ。
話を聞くと、おそらく最大公約数としてファンの中にある竹下幸之介とは違う方向性と思われることを口にした。それを読めばちょっと印象が変わると予想されるが、見方を変えればすこぶるDDTらしい発想とも言える。
やはり竹下幸之介はDDTの申し子なのだと、改めて思えた。同時に、突出したからこそ満たされないこともある。だからプロレスを続けているのだが、その一つがライバルと呼べる存在。
大田区でベルトを懸けて対戦する遠藤哲哉に対しても、挑戦する立場にありながら竹下は上からの言い回しを続けてきた。その距離感から、厳密にはライバルとまた違った位置づけをしているように思える。
では遠藤以外に…と目を向けると、同世代の上野勇希や吉村直巳となるのだろうが、見る側がトップと若手勢という明確な線引きをしているのが現状。そうした中で引っかかりを持てる後輩はいるのか。少しだけ考えてから、竹下はMAOの名前をあげた。
「ただし、惜しいなとは思います。面白いことをしているんですけど、変化球に変化球を重ねちゃうところがある。すごく曲がるカーブを持っていながら、球速とコントロールが追いついていない。僕がキャッチャーを務めたら、もっといけるのになあと思う時がありますね」
たまたまだろうが、2人はそれほど絡む機会がないままここまできた。MAOの持ち味である何かしでかすという期待感とその読めなさを思えば、確かに竹下と絡んだらこれまでとは違う刺激的な風景が見られる気がする。
長きに渡りトップを張る人間は、自発的に新しいものを考えていく宿命を背負う。“変わらぬ風景”とならぬための闘い――だがそれは、自分だけがしゃかりきになったところでどうにかなるものではない。
そんな中、青木真也戦やセンダイガールズとの全面対抗戦と並んで刺激を味わえたのが6・30後楽園。クリス・ブルックスを加えたトリプルスレットマッチではあったが、高木三四郎と初めてプロレスの聖地におけるメインで渡り合えた。
小学校を卒業する時点でDDTに入りたいとの思いからモバゲーで直接メッセージを送った竹下少年に対し、高木は「中学、高校を卒業したら来なさい」と諭した。自分のような子どもに対してもちゃんと向き合う大人に感銘を受けた。
高木三四郎がいなかったら、現在の竹下幸之介は確実にない。これまではリング上の立ち位置があまりに違ったためこれまた本格的に渡り合うシチュエーションが訪れぬままにきた。
数々の先輩たちを撃破してきた竹下にとって、気がつけば高木は倒すべき最後の大物になっていた。いつでもどこでも挑戦権をタテに現王者の遠藤を付け狙う大社長の姿を見るうち、流れ次第で自分と絡む状況に胸がざわつき始める。
無差別級のベルトこそ奪えなかったものの、負傷した遠藤の代わりにトリプルスレット戦へ入ることになった大社長(DDTヘビーウォッチャーの竹下先生によると、高木のメイン出場は2014年11月12日のスマイルスカッシュ興行で新日本プロレス・真壁刀義と組みHARASHIMA&彰人と対戦して以来とのこと)。そこで繰り広げたのは、まさに高木三四郎のプロレスだった。
「プレイヤーとしてはまったく自信がなかった。だから自分以外の選手を生かそうとした。自分に自信があったら、今のDDTはないですよ」と、かつてドインディー時代の自分を語っていたが、キャリアを積んだ現在は高木三四郎のフォルムが完成されている。開始早々は竹下とクリスの中に入っていけず、あたかもちゃんと試合へ参加しているかのように一人で立ち振る舞い、忘れた頃に唯一の正統継承者として「ゆずぽ~んキーック!」の雄叫びよろしく繰り出すも、あえなくカットされる。
雑な扱いをしたためドリーム号の後輪がひしゃげ、チェーンが外れて使い物にならなくなったかと思えば、竹下のファブルをストーンコールド・スタナーで切り返すひらめきを見せる。最後はクリアケースごとダイブしたところをかわされ、竹下のジャーマン・スープレックス・ホールドに沈んだが、そこに高木がいることで描かれる情景が懐かしくもあり、また今のDDTのリングで見ると新鮮にも映った。
2010年8月15日に入門テストを受けた日から数えて8年10ヵ月にして、竹下は自分をこの世界に導いてくれた人間から勝利をあげた。だがそれで満足することはなく、即座にマイクで「大田区で俺がベルトを巻いたあかつきには、おまえとタイトルマッチやったるから、高木三四郎のままでいてくれよ」と伝えた。
「うん、シングルまでにこぎつけたいですよねえ。後楽園も、ギリギリ間に合ったなと思います。お互いの年齢を考えたら、あと2、3年経ったらもうできないかもしれない。メインじゃなくてもいいからビッグマッチでシングルをやりたい。ビッグマッチで高木三四郎とシングルをやるのって、ある意味選ばれし者じゃないですか。2020年、オリンピックイヤーの楽しみとして狙います。
あと…今、飯野が(ドラマの撮影で)出られない時が多いんで、ALL OUTのメンバーを一時的に補充することも考えているんですけど、僕の中では高木三四郎ってALL OUT向きだと思っているんですよ。じっさい頭と仕事量でALL OUTしている人なんで、資格はある。一騎打ちが実現して、勝ったら入るという条件をつけますか」
ALL OUTというユニットが結成される前から、高木はオールアウターだった。そこに着眼するセンスが面白い。こうした発想力があるかぎり、竹下に“やりきった感”が訪れることはないのだろう。最後に、24歳の時点で自分がこのようなプロレスラーになることを想像できたかを聞いてみた。
「9年前、入門した時に自分が描いたものとはだいぶ違っていますね。もちろんそれは、いい方向になっている。思っていた以上に、プロレスは面白いです。今の方が、プロレスラーにあこがれて、プロレスってこんな面白いものなんじゃないかなと想像していたものに近づいているんだと思います。だって、デビューしてからの7年間で今が一番楽しいですから――」
※竹下幸之介インタビューのつづきは7・15大田区総合体育館大会オフィシャルパンフレットにて。そのタイトルは「竹下幸之介はヘンなモノを追求していく」



