「なんか、すごく昔のことに感じますね。終わって1週間ぐらいはやった実感がないというか…台本を書き終えていないのに当日が来てしまったような、新手の夢を見ていました」
「マッスルマニア2019」から2週間ほどが経って顔を合わせると、マッスル坂井はそう言って笑った。おそらくそれは、世界中で一人しか見ない夢なのだろう。エンディングで「今までで、一番本当にやりたかった形ができた」と言ったほどの満足感と完成度を味わいながら、翌日にはちゃんと本体であるDDTのリングに上がった。金型工場での業務という日常に戻ってから、この日まで「完全な抜け殻状態」が続いていたらしい。
「もしかすると坂井さんは、他人にやさしい人なんですか?」
憑き物が取れたかのごとく雄弁に語る坂井の話に耳を傾けつつ、17年近くも取材してきたタイミングでそれを聞くか?という質問を振ってみた。その回答から、今回のマッスルが見る者の心をとらえた理由が見えてくると思ったからだ。
両国国技館で引退したペドロ高石、世間の荒波にもまれながら“実家”へ帰ってきた酒井一圭、プロレス人生においてあり得ないと思われていたビッグマッチのメインに立ったアントーニオ本多とDJニラ――マッスルアニアの肝となったのは、いずれもずっと一緒にやってきた仲間に対する坂井からの“ギフト”だった。“プレゼント”と呼ぶより、それは濃い思いがこめられているように映った。
カポイエラにとどまらず総合格闘技の大会にも出場経験があるペドロさんにとって、青木真也は雲の上のような存在。その相手と引退試合で闘えるなど、夢にも思っていなかったに違いない。だからこそ、あの試合では高石一哉の真実が描かれた。セレモニーでは愛息であり、マッスル練習生として2030年10月6日の“約束の日”を目指す伊織さんが手紙を読み、立ち上がった父と肩を組んだ。これ以上はない、花向けの場である。
「俺たちが紅白に出られたらマッスルにもハクがつくから頑張るよ!」
純烈としておおみそかの晴れ舞台へ選ばれるよりも前に、一圭は坂井にそう誓った。どんなに世間へ届く存在になっても、心の中にマッスルが在った。そしてグループ結成時の夢を現実のものとした直後に、真逆の現実が待ち構えていた。
快挙を称えた者たちが一転、背を向け離れていく。その落差による怖さと悔しさは、両方味わった人間でなければわからない。そんな一圭たちに坂井が用意したのは、プロレスだからこそ描けるバカバカしさと痛み、そして多幸感だった。
巨大パンダが新メンバー候補になるなど、世間的価値観でいったら「フザケるのもいい加減にしろ!」となる。ただ、ライヴの現場は純烈にまとわりつくジメついたものがそのバカバカしさによって中和されていた。パンダはどんなシチュエーションにおいても絶対的ベビーフェイス。単なる思いつきによる“役どころ”ではなかった。
久々にプロレスラーとしてリングへ上がった一圭は竹下幸之介のチョップを浴び、ブレーンバスターで叩きつけられた。楽しさだけでなく、これからも世間と向き合う覚悟を体現するかのごとく、厳しさも体に刻んだ。
さらにはアンドレザ・ジャイアントパンダの不倫疑惑を持ち込みリアルとファンタジーの境界線をファジーなものに仕立て上げた。世間が食いつくネタを盛り込むことで、マイナスをプラスへと転化。翌日以後、地上波のワイドショー番組がこぞって純烈をとりあげた。そこに熊猫山脈やマッスルの仲間たちが登場し、出演者たちは感心するやら呆れるやらで笑っている。
いい時は、黙っていても人が寄ってくる。ネガティヴなことがあった場合にそれでも去らずに助けてくれる者がどれほどいるかが、その人間が持つ真の価値なのだと思う。一圭にとってのそういう存在が、マッスルだった。
「マッスルというコミュニティーを大きくしたいというのは前もあったんですけど、それをどうやったらいいかわからなかったんですね。当時からもマッスルはメンバーに恵まれていた。混迷期と言われた時も石川(修司)さん、飯伏(幸太)、ケニー(オメガ)が出てくれたし、ネームバリューのあるプロレスラーでいったら鈴木みのるさん、髙山善廣さんも出てくれた。
僕はこの8年間、実家の金型工場にいるとそこのメンバーでどうしなければいけないかをずっと考えていて、外部から優秀な人を入れるとか全部外注にするとかじゃなく、彼らと頑張らなければダメだというのがあるんです。最初から最後までワンストップで設計から完成までできなきゃいけない。そういう意味でのチームワークやリーダーシップが自分の中で実は大きかったと思うんです。外から大物選手、有名選手を来てもらうんじゃなく、普段付き合いのある…まったく関係ない人には基本的に声はかけてないんで」
もともとあった他者に対する自分の気持ちを形にしたいという思い。確かに当時から坂井は、それをマッスルで実践していた。726(ナツル)夫人が急逝された時も「人の死を題材にするなんて重すぎる」といった声を浴びせられると承知の上で、プロレスを通じ仲間を励ました。でも、万人の心を揺さぶるにはクリエイターとしての力がまだ足りなかったし、そのための条件も整っていなかった。
「マッスルハウス10」の最終回から8年の歳月をかけ坂井自身が金型工場でリーダーシップを学び、またスーパー・ササダンゴ・マシンとしての活躍やDDTの会社としての体力増強、一圭の世間レベルのインプットといったいくつもの材料が揃ったことで、ようやくアイデアを理想的な形にする環境が揃った。あの頃にはアンドレザもいなかったし、山里亮太やクロちゃんといったタレントを呼ぶのも難しかった。
アップグレードされた中でも坂井がやろうとしたのは、仲間のために何ができるかだった。その姿勢なくして、アントーニオ本多vsDJニラという両国メインは実現していない。
「最初はアントンと(男色)ディーノかなとか思っていたんですけど、普段だったらDDTやほかの団体ではメインになれない人、それこそがマッスルのスタートであり存在意義だと思うんで。アントンの入場シーンがカッコよかった? もともとカッコいいんですよ。普段、前半戦ばかり出ているとそういうものだと周りが思っちゃうだけで、みんなメインイベントが似合うんですよ。
ニラさんは…最初、断られると思っていたんです。だからなかなか本人に言えなくて。1ヵ月前に言ったら断られるだろうなと思って、オファーだけは早めにしていたんです。メインだとは言わず、マッスルに出てほしいという言い方でした。そこは快諾してくれたんですけど、メインというのを電話で伝えた時はスマホを落としていましたね。『わかりました』と言ったけど最初、意味がわかんなかったみたいでもう一度説明したらガチャン!て音がして」
DJニラという表現者は、両国のメインに価値を持つような人間ではないとされている。坂井も「自分は、そういうのはいいです」と言われるだろうと思っていた。でも、電話で伝えると嫌とは言わなかった。
「本多さんとメインでやってください」
相手がアントンでなかったら、ニラは首を縦に振らなかった――そんな気がする。結果、マッスルを見続けきて初めてメインらしいメインを見たと思えた。二人の卓越した表現者が、プロレスという器を最大限に生かし物語を描いた。一世一代の晴れ舞台へ上がるにあたり、アントンが携えてきた武器は『ロッキー』の世界観だった。
「同時にタオルを投げ込んでのドローというのは、本作『クリード2』でも描ききれていない描写ですし、最後にドラゴとロッキーが抱き合うシーンがないわけですから。そこはトゥーマッチすぎるからカットしたと言われているんですけど、勝手に超えちゃった。たまたまそういう話はしていて、どうやら東京オリンピックでは両国でボクシングをやるらしいと。それで決勝はロッキーみたいになるのかなという雑談をしていたんです。
ドローに終わってみんながリングへ飛び込んだら、マッスルに初参加したロッキー川村さんが一番号泣していた。これはいったい、何なんだ!?って思いました。僕らにとって川村さんは、ロッキー川村だけではなく鈴木みのるさんでもあるわけです。本当は川村さんに、鈴木さんのタオルをこっそり盗んできてくれって言おうとしていたんですよ。直前まで忘れていて。最後に投げるタオルはみのるさんのタオルがよかったんですけどねえ、ハハハ」
『ロッキー』の世界観に対するアントンのこだわりの勝利だった。両国のメインで何をやるかと考えた時に、ちゃんと自分のバックボーンを持ってきた。あの作品の力を信じていたのだ。そしてそれには、DJニラという同志が絶対的に必要だった。同じく、渡辺哲さんの存在も――。
「10日前ぐらいに『哲がマッスルに出たいと言っているんですけど、どうしますか?』とアントンから言われたんです。純烈と一緒に前川清さんの公演に出ていて、よく話をしたみたいで。そういうのもあって『俺も両国に出たいな。呼んでくれよ』って哲さんから言ってくれた。そのあとアントンが『親父にセコンドへついてもらっていいですか?』と言ってきて、じゃあクリードできそうですねとなった」
アントンにとって渡辺哲は世界一の役者であり、同じ表現者としてそびえ立つ越えられない存在だった。以前にもモンスターアーミーの元帥として父子共演を果たしているが、今回は息子が人生最大の舞台へと向かう背中を父が見つめながらともに歩を進めた。
哲さん、嬉しかっただろう。あの瞬間、自分を超えた我が子がどんなに金のかかったセットよりも輝く舞台に上がる雄姿を心に刻めたのだから。
前回の両国のあとも、そして今回もこの父子は共演したことについて語り合っていない。そこにアーティスト同士の距離感がある。
「そういう大きな舞台がないと一緒に何かをやろうとしないんでしょう。だから同じ仕事をしないのかという気もします。アントンがストレートに俳優業へ向き合わない理由…一緒なんですよね、あの二人って」
坂井は意図していなかったそうだが、最終回で提示した「20年後に自分たちの子どもがマッスルをやる」コンセプトをアントン父子が先取りし、描く形となった。想定以上のものができるということは、スキルが上がっている証明と言える。思えば8年前の最終回も#大家帝国興行も、外さなくなった。いろいろなものがいい方向に重なったのだから、これからも描いた通りにやっていけばいいのだと思う。
「こういうパズルのピースがどんどん寄ってくるのって、自分でビックリしてしまうというか…引き寄せる力をつけられたのだとしたら、ラッキーです。悪用しないようにしないと。今さらというか、自分ではないことに気づけたのがよかったです。ちゃんと周りに任せられるというか。周りの背中をちゃんと押せるのが座長の仕事であり、最後だけ自分が締めればいいんだと。『そこはやらなくていい』ことによるのびしろが、ものすごくある。監督であり演出としての喜びが味わえている。だから、これからもマッスルは自分じゃないんだと思います」
迷いのかけらも見られぬ目をする坂井の話を聞いているうちに、ディーノの言葉が浮かんできた。「この集まりを突き詰めると、友達。仮に“スベった”としても別にそれは問題ないんですよ。だって…友達だから」――(脳内で『LONELY DAYS』を…)。
※3・21後楽園大会より発売される新作パンフレットにもマッスル坂井インタビューを掲載。お楽しみに!



