8・31後楽園ホールで“いつでもどこでも挑戦権”を行使し、樋口和貞を破り新王者になったばかりの上野勇希からKO-D無差別級王座を奪取した平田一喜。DDTならではのドラマティックな戴冠劇に誰もが驚き、強さとは真逆のポジションを全うし続けてきた男の快挙を祝福した…のだが、本人が一番の戸惑いをあらわにし、現在も変わらぬ平田一喜のままなんとか防衛ロードを歩んでいる。そんな中、9・28後楽園では自ら指名したヨシヒコを相手に2度目の防衛戦をおこなう。後楽園のメイン、最高峰のタイトルマッチ、相手はヨシヒコ…これらの状況で、平田はどのようなマインドを持って臨むのか。今までの足跡やプロレス観などについてもじっくりと聞いてみた。(聞き手・鈴木健.txt)
何かの一番になりたいというよりは、
ずっと需要があるように生き続ける
――平田選手はKO-D無差別級王座を奪取した時点で「まさか獲れるとは思っていなかった」と言っていましたが、プロレスラーになった時点ではいつの日か自分が団体最高峰のタイトルを獲りたいという夢は抱いていなかったのですか。
平田 うーん、入りたての頃は漠然とベルトという目標はあったんだと思います。でも、キャリアを積んでいくに連れて、今の自分にできることはなんだろうと考える中でベルト以外の選択肢が増えてきたというか。KO-D無差別級っていうのは、本当に強さの象徴じゃないですか。僕が思う魅力的な方でいったらEXTREMEだっていうのがありましたね。自分でルールを決めるとか、ほかには出せない色で闘えるという点で。
――どこかの段階で、自分は強さを追求するタイプではないという気づきのようなものがあったんでしょうか。
平田 そういう受け取り方ではなく、もともと僕はいろいろやりたいタイプなんで、その中の選択肢で自分が見せられるもの、自分を表現できるものっていうのは、強さを追求した先にあるものでないなという受け取り方でした。
――団体の一番とは違う価値観?
平田 ああ、1番だとか順位ではなく平田がいなかったら寂しいなと思われるような存在にはなりたいと思いました。
――なんらかの形で自分の存在感がちゃんとあればいいと。
平田 そうですね。まさに存在感がある人間でありたいというのはありました。
――そこに関しては、すでに確立されているのではないですか。
平田 確かに、EXTREMEを獲った時は目指した道を進んでいった結果、達成した証に思えました。でも、それ以上のものが待っているとは思わなかったので…本当にKO-D無差別級っていうのは、自分がそうやって生きてきた世界線にはなかったですからビックリしつつ、荷が重いなと思いつつでありまして。どうしたものかなあっていう感情がまず芽生えましたよね。
――王座奪取から1ヵ月近く経った今は?
平田 今もしっかりと荷が重いです。ただこんな形でも獲ったからには、強さでは絶対に樋口や上野のようなものは見せられないんで、平田のKO-D無差別級を見せなきゃとは思います。一応の責任感と申しますか。
――一応の。ただ、先ほども申した通り平田一喜の価値観はDDTのファンに認知も評価もされているわけですから、重荷を感じることなく今まで通りやればいいのではと思うのですが。
平田 いやいや、こんなキラキラした団体のトップのベルトですから。責任もありつつ、とはいえ平田は平田のことしかできないので、やることは変わらないかなとは思います。
――急激に強くなるようなことは1ミリもないと言っていました。
平田 これは自信を持って断言できます。100%ないと。その中で自分がKO-D無差別級タイトルマッチで何を見せられるかを考えた時に、ヨシヒコ戦へつながるんですけど。自分でぶちあげたかぎりは負けるわけにはいかなくなった。強くはならないけれど、しっかりベルトを守ってヨシヒコ戦までたどり着かなければというプラスアルファはあったと思います。
――自分から口に出すことでベルトを守る理由づけをこしらえたと。
平田 強くなっていないのに、負けてはならないという意識はちゃんとある。ベルトが懸かっていない時は負けていいっていうわけじゃないけど、僕なんでタッグマッチや6人タッグとかでちゃんと狙われるじゃないですか。
――そこは獲る前とビタ一文変わっていません。
平田 そこで全力を出して負けちゃったらしょうがない。でもベルトが懸かったら、しょうがないでは済まない。その中で、今まで回避してきたいつどこ権を使ったタイトルマッチが実現してしまって。
――5・21札幌で彰人選手を相手に防衛しました。
平田 あの試合で、ここは死んでも負けちゃいけない!って思えた自分にビックリしたんです。
――ベルトを持つことで今までの自分とは違う自分が芽生えてきたことになります。
平田 3日前の新宿でヨシヒコ戦をぶちあげなかったら、彰人さんのアキレス腱固めでギブアップしていた可能性が高いです。なので、強くはなっていないけど何かしらのプラスにはなっているのではと。まあ、僕の緊張度でいったら胃の調子的にはマイナスですが。もともと緊張しいだし、さらにはベルトを持っているばかりにいつどこ権を持っている人たちにいつ狙われるかもわからないんで。
――それは枕を高くして寝られないでしょうね。その緊張感は、大舞台で高橋ヒロム選手と対戦した時とは別のものですか。
平田 まったく違います。ヒロムさんとの試合ももちろん緊張しましたけど、いつどこは常に、ですから。一応、ヨシヒコ戦にはたどり着けそうなんですけど、実はあそこでヨシヒコ戦をぶちあげたのは、その前に僕からベルトを獲ったら後楽園のメインでヨシヒコとタイトルマッチをやらなければならないんだぞというけん制にもなっていたんです。
――ああ、なるほど! それは狙ってやったんですか。
平田 いえ、僕はまったく頭が回っていなかったんですけど、ファンに言われて気づきました。ああ、結果的にそうなってんじゃんって。平田一喜からベルトを獲るのは簡単だと思っているかもしれない。でも、その先にはヨシヒコ戦で後楽園のメインを締めなければならないという重荷を背負うことになるぞっていう。だから、ヨシヒコの名前を出したのがいい方向にいったと思っております。
――チャンピオンになってメディアの取材も増えたと思われますが、周囲の自分に対する扱いが変わったことに関してはどんな実感を得られていますか。
平田 本当に、この前も週刊プロレスさんのインタビューを受けたんですけど、今までほぼほぼなかったですからね…あ、EXTREMEを持っていた時やヒロムさんとの試合前はちょこちょこありましたけど、団体最高峰のベルトを持つと、こういう仕事も回ってくるんだなと。来ていただいたらいただいたでありがたいですけど、来なかったら来なかったで別に平田は平田なんでというところで、はい。
――専門誌の表紙になりたいとか、たくさんページに載りたいとか、一般メディアに露出したいといった願望は持っていなかったんですか。
平田 大きく載った時は、それはやっぱり嬉しいですけど、何がなんでも毎回大きく載りたいというよりは、自分が毎回全力出してやっている部分で、結果的に載っていたら嬉しいなという感覚ですね。平田が平田を平田して、それで載っていなかったら、それはそれでしょうがないぐらいの。
――そういったものに対する欲も薄ければ、タイトル願望も薄い平田選手が、プロレスを続ける上で何をモチベーションとしているのかというのは、以前から気にはなっていたんです。
平田 そこは何かの達成を求めるよりも、日々の中でちゃんと頑張ることが何かにつながるのであればいいことですし、プロレスを続ける続けたくないで言ったら絶対に続けたいですし。だから何かの一番になりたいというよりは、僕の野望はずっと需要があり続けたいということです。もちろん年をとるにつれて動きも悪くなっていく中で、もしかするとスタイルが変わるかもしれない。そういう中でも長く続けていって、何歳になっても平田一喜っていう…ブランドと言ったらアレですけど、平田一喜という存在にちゃんと需要があるように生き続けるのが僕の闘いであって、目標かなというところです。
――需要が続くにはそれなりのことをずっとやり続けなければならないじゃないですか。そのつどそのつど目の前のことに対し深掘りし続けてきたんですか。
平田 自分としては特に深く考えている気がしないなと思いつつも、実際はそうだった部分はあるでしょうね。試合一つをとっても空気感を読んで、こうして闘おう、ここを盛り上げようっていうのもありますし。それを目に見えてわかるように出したのがDDT EXTREMEの防衛戦であり、その最上級が両国でのヒロムさんとのシングルマッチでありで。もちろん、何か物を使ったり特殊ルールだったりしなくても、普通の試合の中でしっかり考える部分もあるし、存在感で負けたくないというのはあるんで。でも、強い弱いに関してはしょうがないじゃないすか。だから、それはそれとして勝っても負けても存在感はしっかり残して、一つの興行にいい試合とか面白かった試合がある中でトップスリーぐらいには入りたいと常に思いながら試合しているところは…あるんですかねえ。
――それほど明確に言葉として出せているんですから、あるでしょう。その積み重ねが、現在の支持につながっているのだと思います。
平田 ありがたいことに、KO-D無差別級のベルトを獲った時にすごい「ヒラタ」コールだったり、泣いてくれるファンがいてくれたりで。あそこは、一歩間違えたら大ヒールになる獲り方をしたわけじゃないですか。