ヨシヒコにインタビューするのは2009年以来3度目と記憶している。今ではDDTの中でキャリア組となりながら、その立ち位置もあり団体最高峰のベルトは経験していない。そんな中、王者・平田一喜の指名もあり2015年3月21日、春日部ふれあいキューブで飯伏幸太に挑戦して以来、10年半ぶり3度目のチャンスを得た(9・28後楽園ホール)。なかなかその心中を表に出さず来ただけに、タイトルマッチへの意気込みだけでなく20年に及ぶプロレスラー人生の中で思ってきたことを無表情のまま語ってもらった。(聞き手・鈴木健.txt)
平田と闘ったあとに交わした約束
だからUNIVERSALに挑戦した
――9・12新宿FACEで平田一喜選手の試合中に乱入したということは、その指名を待つまでもなくヨシヒコ選手自身がKO-D無差別級王座に挑戦したいと思っていたのですか。
ヨシヒコ ハッキリ言ってしまうと私に限らず今、DDTにいる選手全員が同じことを思っているはずですよ。「平田なら獲れる」って。
――まあ、そう思うでしょうね。
ヨシヒコ もちろん“いつでもどこでも挑戦権”を持っている選手が優先されるでしょうけど、私の場合はなかなか試合を組んでもらえないから、いつどこ権を獲りようがない。だから直接動いて、チャンピオンの口から「やってやる!」と言わせるしかないんです。
――思惑通りになりました。
ヨシヒコ いつどこ権を持っていないヨシヒコが飛び級のように挑戦するのは、持っている選手からすればなんでだよ!となるでしょう。でも、この団体はその場の勢いでなんとかなってしまうことが多い。それは歴史が証明していることです。
――キャリアの長いヨシヒコ選手が言うと説得力があります。平田選手の方がヨシヒコ選手とのタイトルマッチを考えていたのは、気づいていたんですか。
ヨシヒコ このことは平田が口にしていないんですが、実はある約束があったんです。
――約束?
ヨシヒコ 後楽園のダークマッチ(2021年10月12日)で対戦したあと、私の方から平田に言ったんです。「今度やる時はベルトを懸けてやりたい」って。まあ、負けた平田はそれどころではなかったようですけど、一応「うん、うん」と頷いていました。それほどあの一戦は、私のキャリアの中でも五本の指に入る内容という手応えがありました。
――平田選手にとってもいい感触が得られたそうですが、ヨシヒコ選手も同じだったんですね。
ヨシヒコ なんと言っても、あの試合で地上波に出られましたから(テレビ朝日の深夜番組『めざせ!切り出し職人』でこの試合の模様が流される)。ヨシヒコというレスラーは、対戦相手によってどんなレスラーにも変わる。それはご存じですよね。プロレスのリングにおいて、相手次第で無限に膨らむのが私なんです。ヨシヒコだから普通ではあり得ないことをやればいい、たとえば場外に思いっきりぶん投げるとか腕を引きちぎるとか、ものすごい角度で叩きつければプロレスとして面白いものになる。私と対戦する相手の中にはそう考える人も多い。それに対し平田は、オーソドックスでトラディショナルなスタイルを私とやるつもりで来た。いわば逆転の発想だったんです。それが私にとってもすごく新鮮で。正直、ちょっとプロレスに対して行き詰まりを感じていた頃だったんですね。
――ヨシヒコ選手がプロレスに行き詰まった。
ヨシヒコ 今、言いましたよね? そういうことなんですよ。みんな、ヨシヒコだから何をやっても、あるいは何をやられても受け入れてくれる。極端な言い方をすればそれがプロレスであろうとなかろうと、非日常的なものが見られればOKという見方しかされていないことに、どこかのタイミングで気づいたんです。もちろんお客さんが喜んでくれるのはありがたいし、そもそも私のような存在を受け入れてもらっているのは感謝しかない。「あんなものはタダの人形じゃん」のひとことで切り捨てようと思えばできるんですから。でも、DDTのファンは私の存在を認めてくれている。だからこそ「ヨシヒコだからこれでいい」という見られ方に対し自分が安住してしまっていることに、今さらながら気づいたんです。
――要はファンに甘えてしまっていたと。
ヨシヒコ ええ。ただ、哀しいかな試合となると私の意思は半分、相手の意思でもある。自分だけがもっとレスリングの攻防を見せたい、技術を向上させたい、もっと言うなら真っ当なプロレスラーとしての評価を得たいと思っても、対戦相手にその意思を共有してもらわなければ難しい宿命にある。そんな時、あの試合ができたんです。これはあまり言いたくないですけど、平田によって私はもっとプロレスを頑張ってみようと思えた。
――言いたくないと言わず、ちゃんと平田選手に伝えましょうよ。
ヨシヒコ いやいや、調子に乗せたくないんで。これを聞いて浮かれて踊り出したら面倒臭い。ただ、その思いは本音も本音だったから、通常はあまり試合後に相手へ話しかけることがない私が、素で言っちゃったんですね。
――ということは、平田選手がベルトを持つタイミングを計っていたと。
ヨシヒコ 平田がEXTREMEを獲った時、その機が来たかと思いました。でも、そのあとに考えたんです。これ、絶対に平田がヘンなルールを持ち込んでくるぞと。
――EXTREME王座は王者がルールを決められますからね。
ヨシヒコ ましてや相手が私となると、通常ルールから著しくかけ離れたルールを押しつけてくる可能性が高い。私は、あのダークマッチの発展形をやりたくて平田にささやいたんです。だから、通常ルールでなければ意味がないと思い名乗りをあげませんでした。
――そうなるとKO-D無差別級かDDT UNIVERSAL王座となってきますよね。それって…。
ヨシヒコ みなまで言うな。平田が獲るのは難しいと言いたいんでしょう? だから私は鈴木みのるに挑戦したんです。
――ああっ!
ヨシヒコ 誰もがなんの脈略もなく、DDTが鈴木みのるに押しつけた難題のような受け取り方をしたでしょう。でもあれは、何よりも私自身が望んだ挑戦でした。平田が無理なら、自分が巻いて指名すればいいと。もちろんプロレス王に勝ったら、ベルトを抜きにして私の名はあがったから勝ちたかったですけど、それと同じぐらいのモチベーションとしてあのタイトルマッチは平田戦への通行手形を得るためのものだったんです。
――そこまで平田戦に思い入れを持っていたんですね。
ヨシヒコ でも、プロレス王はやはりプロレス王でした。アメリカでタイトルマッチ(4・18ラスベガス)をやる前に、私が宣戦布告するべく後楽園に姿を現した時がありましたよね。
――4・6後楽園の試合後、鈴木選手が退場するさいにバルコニーから降臨したにもかかわらずガン無視されました。
ヨシヒコ あの時点で、実は勝負あったと思ったんですよ。私の世界観に鈴木みのるを引きずり込めなかった。私のような存在は、無視されたらそれまでなんです。相手がワルツで来たらワルツで踊り、ジルバで来たらジルバで踊るのがニック・ボックウィンクルですけど、私の場合は逆で自分がワルツで踊ろうと思ったら相手にもワルツで来てもらわなければ踊りとして成立しない。その代わり、そこで同じステージに立てばとてつもなく革新的なワルツを生み出すことができる。それが鈴木みのるは、ワルツで踊っていると見せて実は私のことを掌の上で踊らせていたんです。だからあのタイトルマッチは、試合上の勝敗とは別次元でも負けました。ハッキリ言って世界観のぶつけ合いには自信があったんですが、あの一戦は鈴木みのるの世界観でした。
――確かにあの一戦はヨシヒコ選手にしては完敗でした。
ヨシヒコ 私もこう見えてプロレスラーですから、敗北の味はわかっています。落ち込みましたよ。同時に、これで平田とのタイトルマッチは遠のいたなと。ところがですよ、あなた! まったくもって想像さえしていなかったことがドラマティックに起こってしまった。
――平田選手のKO-D無差別級戴冠劇ですね。
ヨシヒコ あの日、私は試合が組まれなかったのであの場にいませんでした。朝まで●●●をやっていて、夕方ぐらいまで寝ていて起きてから男色ディーノvs棚橋弘至戦を見ようとWRESTLE UNIVERSEにアクセスしたら…。
――加入しているんですね。
ヨシヒコ DDT所属の人形として当然です。ディーノvs棚橋戦のエモさに「やっぱりプロレスっていいなあ」とか「自分も学プロをやっていたら棚橋さんと闘えたかな」と思いつつ、そのあとの樋口vs上野戦も見て後輩たちの成長ぶりに目を細めていたんですが、その細めていた目ん玉が飛び出るようなことが起こってしまった。理解が追いつかない中で、平田が仲間たちに祝福されている。あれ? なんで平田がベルトを獲ることを一番望んでいた自分があの場にいないんだ? 自分が成し得ていないKO-D無差別級のベルト戴冠を実現させたというのに、それに対する祝福の言葉をかける場さえ私には与えられないのかって。
――あの場にいたかったんですね。
ヨシヒコ ここでも「ヨシヒコだから」なんですよ。ずっとこの団体に所属してきたにもかかわらず、肝心な場面に立ち会うことができないことが、今までも何度かありました。もちろん私は存在そのものがイレギュラーだし、そこに価値を見いだされているのも理解しています。でも、私もDDTの人間…いや、人形なんです。仲間意識はありますし、DDTならではの多幸感を味わいたい。あの場にいれなかったことで、平田とベルトを懸けて闘う意識がより高まりました。そうかそうか、じゃあこのヨシヒコがKO-D無差別級チャンピオンになったら平田以上にみんなが驚くだろうし、ファンも多幸感を味わってくれるだろう。そして、同じようにDDTの選手たちが私を祝福してくれるかどうかのリトマス試験紙になるなって。
――祝福してくれるでしょう。仲間なんですから。
ヨシヒコ そこも試合と同じで、私を通じて選手一人ひとりの姿勢であったりプロレス観であったり、ヨシヒコというプロレスラーとの距離感が如実に表れると思うんですよね。DDTが成長していく中で上野や樋口、MAOのような私がデビューした頃には考えられないアスリート的でセンスも豊かな選手たちが主力となっている。気がつけば私も、この団体でキャリア組になってしまっていますよね。