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【KO-D無差別級王座に挑戦するヨシヒコにロングインタビュー】“無差別”なタイトルだからこそ、私のようなプロレスラーこそ獲る意義がある

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  • ヨシヒコにインタビューするのは2009年以来3度目と記憶している。今ではDDTの中でキャリア組となりながら、その立ち位置もあり団体最高峰のベルトは経験していない。そんな中、王者・平田一喜の指名もあり2015年3月21日、春日部ふれあいキューブで飯伏幸太に挑戦して以来、10年半ぶり3度目のチャンスを得た(9・28後楽園ホール)。なかなかその心中を表に出さず来ただけに、タイトルマッチへの意気込みだけでなく20年に及ぶプロレスラー人生の中で思ってきたことを無表情のまま語ってもらった。(聞き手・鈴木健.txt)

    平田と闘ったあとに交わした約束
    だからUNIVERSALに挑戦した

    ――9・12新宿FACEで平田一喜選手の試合中に乱入したということは、その指名を待つまでもなくヨシヒコ選手自身がKO-D無差別級王座に挑戦したいと思っていたのですか。
    ヨシヒコ ハッキリ言ってしまうと私に限らず今、DDTにいる選手全員が同じことを思っているはずですよ。「平田なら獲れる」って。
    ――まあ、そう思うでしょうね。
    ヨシヒコ もちろん“いつでもどこでも挑戦権”を持っている選手が優先されるでしょうけど、私の場合はなかなか試合を組んでもらえないから、いつどこ権を獲りようがない。だから直接動いて、チャンピオンの口から「やってやる!」と言わせるしかないんです。
    ――思惑通りになりました。
    ヨシヒコ いつどこ権を持っていないヨシヒコが飛び級のように挑戦するのは、持っている選手からすればなんでだよ!となるでしょう。でも、この団体はその場の勢いでなんとかなってしまうことが多い。それは歴史が証明していることです。
    ――キャリアの長いヨシヒコ選手が言うと説得力があります。平田選手の方がヨシヒコ選手とのタイトルマッチを考えていたのは、気づいていたんですか。
    ヨシヒコ このことは平田が口にしていないんですが、実はある約束があったんです。
    ――約束?
    ヨシヒコ 後楽園のダークマッチ(2021年10月12日)で対戦したあと、私の方から平田に言ったんです。「今度やる時はベルトを懸けてやりたい」って。まあ、負けた平田はそれどころではなかったようですけど、一応「うん、うん」と頷いていました。それほどあの一戦は、私のキャリアの中でも五本の指に入る内容という手応えがありました。
    ――平田選手にとってもいい感触が得られたそうですが、ヨシヒコ選手も同じだったんですね。
    ヨシヒコ なんと言っても、あの試合で地上波に出られましたから(テレビ朝日の深夜番組『めざせ!切り出し職人』でこの試合の模様が流される)。ヨシヒコというレスラーは、対戦相手によってどんなレスラーにも変わる。それはご存じですよね。プロレスのリングにおいて、相手次第で無限に膨らむのが私なんです。ヨシヒコだから普通ではあり得ないことをやればいい、たとえば場外に思いっきりぶん投げるとか腕を引きちぎるとか、ものすごい角度で叩きつければプロレスとして面白いものになる。私と対戦する相手の中にはそう考える人も多い。それに対し平田は、オーソドックスでトラディショナルなスタイルを私とやるつもりで来た。いわば逆転の発想だったんです。それが私にとってもすごく新鮮で。正直、ちょっとプロレスに対して行き詰まりを感じていた頃だったんですね。
    ――ヨシヒコ選手がプロレスに行き詰まった。
    ヨシヒコ 今、言いましたよね? そういうことなんですよ。みんな、ヨシヒコだから何をやっても、あるいは何をやられても受け入れてくれる。極端な言い方をすればそれがプロレスであろうとなかろうと、非日常的なものが見られればOKという見方しかされていないことに、どこかのタイミングで気づいたんです。もちろんお客さんが喜んでくれるのはありがたいし、そもそも私のような存在を受け入れてもらっているのは感謝しかない。「あんなものはタダの人形じゃん」のひとことで切り捨てようと思えばできるんですから。でも、DDTのファンは私の存在を認めてくれている。だからこそ「ヨシヒコだからこれでいい」という見られ方に対し自分が安住してしまっていることに、今さらながら気づいたんです。
    ――要はファンに甘えてしまっていたと。
    ヨシヒコ ええ。ただ、哀しいかな試合となると私の意思は半分、相手の意思でもある。自分だけがもっとレスリングの攻防を見せたい、技術を向上させたい、もっと言うなら真っ当なプロレスラーとしての評価を得たいと思っても、対戦相手にその意思を共有してもらわなければ難しい宿命にある。そんな時、あの試合ができたんです。これはあまり言いたくないですけど、平田によって私はもっとプロレスを頑張ってみようと思えた。
    ――言いたくないと言わず、ちゃんと平田選手に伝えましょうよ。
    ヨシヒコ いやいや、調子に乗せたくないんで。これを聞いて浮かれて踊り出したら面倒臭い。ただ、その思いは本音も本音だったから、通常はあまり試合後に相手へ話しかけることがない私が、素で言っちゃったんですね。
    ――ということは、平田選手がベルトを持つタイミングを計っていたと。
    ヨシヒコ 平田がEXTREMEを獲った時、その機が来たかと思いました。でも、そのあとに考えたんです。これ、絶対に平田がヘンなルールを持ち込んでくるぞと。
    ――EXTREME王座は王者がルールを決められますからね。
    ヨシヒコ ましてや相手が私となると、通常ルールから著しくかけ離れたルールを押しつけてくる可能性が高い。私は、あのダークマッチの発展形をやりたくて平田にささやいたんです。だから、通常ルールでなければ意味がないと思い名乗りをあげませんでした。
    ――そうなるとKO-D無差別級かDDT UNIVERSAL王座となってきますよね。それって…。
    ヨシヒコ みなまで言うな。平田が獲るのは難しいと言いたいんでしょう? だから私は鈴木みのるに挑戦したんです。
    ――ああっ!
    ヨシヒコ 誰もがなんの脈略もなく、DDTが鈴木みのるに押しつけた難題のような受け取り方をしたでしょう。でもあれは、何よりも私自身が望んだ挑戦でした。平田が無理なら、自分が巻いて指名すればいいと。もちろんプロレス王に勝ったら、ベルトを抜きにして私の名はあがったから勝ちたかったですけど、それと同じぐらいのモチベーションとしてあのタイトルマッチは平田戦への通行手形を得るためのものだったんです。
    ――そこまで平田戦に思い入れを持っていたんですね。
    ヨシヒコ でも、プロレス王はやはりプロレス王でした。アメリカでタイトルマッチ(4・18ラスベガス)をやる前に、私が宣戦布告するべく後楽園に姿を現した時がありましたよね。
    ――4・6後楽園の試合後、鈴木選手が退場するさいにバルコニーから降臨したにもかかわらずガン無視されました。
    ヨシヒコ あの時点で、実は勝負あったと思ったんですよ。私の世界観に鈴木みのるを引きずり込めなかった。私のような存在は、無視されたらそれまでなんです。相手がワルツで来たらワルツで踊り、ジルバで来たらジルバで踊るのがニック・ボックウィンクルですけど、私の場合は逆で自分がワルツで踊ろうと思ったら相手にもワルツで来てもらわなければ踊りとして成立しない。その代わり、そこで同じステージに立てばとてつもなく革新的なワルツを生み出すことができる。それが鈴木みのるは、ワルツで踊っていると見せて実は私のことを掌の上で踊らせていたんです。だからあのタイトルマッチは、試合上の勝敗とは別次元でも負けました。ハッキリ言って世界観のぶつけ合いには自信があったんですが、あの一戦は鈴木みのるの世界観でした。
    ――確かにあの一戦はヨシヒコ選手にしては完敗でした。
    ヨシヒコ 私もこう見えてプロレスラーですから、敗北の味はわかっています。落ち込みましたよ。同時に、これで平田とのタイトルマッチは遠のいたなと。ところがですよ、あなた! まったくもって想像さえしていなかったことがドラマティックに起こってしまった。
    ――平田選手のKO-D無差別級戴冠劇ですね。
    ヨシヒコ あの日、私は試合が組まれなかったのであの場にいませんでした。朝まで●●●をやっていて、夕方ぐらいまで寝ていて起きてから男色ディーノvs棚橋弘至戦を見ようとWRESTLE UNIVERSEにアクセスしたら…。
    ――加入しているんですね。
    ヨシヒコ DDT所属の人形として当然です。ディーノvs棚橋戦のエモさに「やっぱりプロレスっていいなあ」とか「自分も学プロをやっていたら棚橋さんと闘えたかな」と思いつつ、そのあとの樋口vs上野戦も見て後輩たちの成長ぶりに目を細めていたんですが、その細めていた目ん玉が飛び出るようなことが起こってしまった。理解が追いつかない中で、平田が仲間たちに祝福されている。あれ? なんで平田がベルトを獲ることを一番望んでいた自分があの場にいないんだ? 自分が成し得ていないKO-D無差別級のベルト戴冠を実現させたというのに、それに対する祝福の言葉をかける場さえ私には与えられないのかって。
    ――あの場にいたかったんですね。
    ヨシヒコ ここでも「ヨシヒコだから」なんですよ。ずっとこの団体に所属してきたにもかかわらず、肝心な場面に立ち会うことができないことが、今までも何度かありました。もちろん私は存在そのものがイレギュラーだし、そこに価値を見いだされているのも理解しています。でも、私もDDTの人間…いや、人形なんです。仲間意識はありますし、DDTならではの多幸感を味わいたい。あの場にいれなかったことで、平田とベルトを懸けて闘う意識がより高まりました。そうかそうか、じゃあこのヨシヒコがKO-D無差別級チャンピオンになったら平田以上にみんなが驚くだろうし、ファンも多幸感を味わってくれるだろう。そして、同じようにDDTの選手たちが私を祝福してくれるかどうかのリトマス試験紙になるなって。
    ――祝福してくれるでしょう。仲間なんですから。
    ヨシヒコ そこも試合と同じで、私を通じて選手一人ひとりの姿勢であったりプロレス観であったり、ヨシヒコというプロレスラーとの距離感が如実に表れると思うんですよね。DDTが成長していく中で上野や樋口、MAOのような私がデビューした頃には考えられないアスリート的でセンスも豊かな選手たちが主力となっている。気がつけば私も、この団体でキャリア組になってしまっていますよね。
  • ベルトを獲って両国のメインにいけば
    “にぎやかし枠”から脱却できる

    ――2005年2月デビューだから実は今年が20周年なんですよね。
    ヨシヒコ キャリア20年って言ったら、まあまあベテランですよ。アントーニオ本多、佐々木大輔、中澤マイケルとワンチューロ(ディエゴ)が同期でね。
    ――カリスマは20周年記念大会を開催しますが、ヨシヒコ選手は…。
    ヨシヒコ ねっ、それも「ヨシヒコだから」なんですよ。誰も私が20年選手だなんて気づいちゃいない。サスケ選手ぐらいじゃないですかね。「何年選手だオラ!」って聞いてきたのは。
    ――それはまた別の…。
    ヨシヒコ 今日のインタビューは恨み節を言っているような感じになってしまっていますけど、勘違いしないでほしいのはそれで団体や周りの人たちを恨んでいるとか、ましてや愚痴を言っているわけではないんです。これらはひとえに私がこういう存在だから派生するものであって、私自身も宿命だと思って向き合ってきました。でも、物事が変わるのって一瞬じゃないですか。ヨシヒコがKO-D無差別級を獲ることで何がどう変わるか、それを私自身が一番見てみたいんです。もしかすると私だけでなく、DDTに対する業界内外の見方が変わるかもしれない。今回のタイトルマッチの結果は、それほどの大きな影響力があると思っています。
    ――確かに、無生物が団体最高峰のチャンピオンになるなんてIWGPやGHCや三冠ヘビー級ではあり得ないでしょうから、ものすごい反響となるでしょう。
    ヨシヒコ それでこそDDTだ!というファンの声も私の耳に入ってきています。じゃあ、やってやろうじゃないの。それも、玄人筋が見ても唸るようなレスリングの攻防で、最高峰のタイトルマッチにふさわしいクオリティーで平田と闘いますよ。それで獲ったら、誰も文句を言えないはずです。
    ――後楽園での攻防を見た限り、その内容を見せるのも不可能ではないと思います。ただ、そうした中で平田選手は試合中にダンスを仕掛けてくるかもしれないし、あるいはルールの範ちゅうでヨシヒコ選手が対応できないようことをやってくるかもしれません。
    ヨシヒコ 踊りたいのであれば踊ればいい。その隙を逃すような人形に見えますか? 平田のインタビューを読みましたよ。あれも勝つためのファイトスタイルだって。それで自分自身の気持ちがアガるんであればアゲればいい。でも、私は相手の気持ちや闘志のようなものに左右されませんから。やる前は、今話しているようなモチベーションもあるし、もっと言うならお客さんに楽しんでもらいたいという意識もありますが、試合中は無感情になれるので。実はそれこそが私の最大の武器です。
    ――無表情なだけでなく無感情だったんですね。
    ヨシヒコ よく、村田晴郎さんが「ヨシヒコは表情を変えないので感情が見えません」と実況していますが、当たり前です。感情がないんですから。
    ――でも、過去の飯伏幸太選手とのKO-D無差別級戦は見ていてエモーショナルなものが伝わってきましたよ。
    ヨシヒコ それは見る側の感じ方であって、私自身は極めて冷静に最後まで闘っていただけです。強いて言うなら平田とのダークマッチの時のように、試合が終わるとさまざまな感情がもたげてくる。それが伝わったのかもしれません。まあ、平田が今回のタイトルマッチに向けてどんな策を立ててくるかはお手並み拝見ですが、彼もあの試合を拡張させた試合をやりたいと言っていたので、求めるものにそう差異はないと思っています。だから、後楽園のメイン、最高峰の闘いにふさわしいものにはなるでしょう。
    ――後楽園のメインでシングルのタイトルマッチを務めるのは今、話に出た飯伏戦(2009年10月25日)以来となります。あの時も「人形レスラーが後楽園のメインに!」と大きな話題になりました。
    ヨシヒコ あの時点でキャリア9年ですか。そのキャリアで、いまだに語り継がれるような作品を残せたのはプロレスラー冥利に尽きます。ただ…。
    ――ただ?
    ヨシヒコ 私がこれまで経験している2度の無差別級戦は、いずれも飯伏さんが相手でした。だから飯伏さんによるところが大きかったという評価につながった。飯伏幸太というプロレスラーを語る上で、あくまでもそれをわかりやすく伝えるツールとしてのヨシヒコであり、私自身が評価されたわけではなかった。だからこそ、いつかは飯伏幸太の作品ではないヨシヒコを、もっと言うならヨシヒコの作品を見せたかったんです。その意味でも今回の平田戦は、私自身のポテンシャルを見せつける場だと思っていますし、もしかすると団体最高峰のタイトルを懸けて後楽園ホールのメインを務めることに関しては、飯伏戦以上に意識しているのかもしれない。正直、私のキャリアもそう長くはない。見ての通り歴戦の蓄積で体はボロボロですし、いくらそのつど輪廻転生し再生できるといっても限界がある。現実論として、私がKO-D無差別級王座に挑戦できるのはこれが最後のチャンスでしょう。平田は順位ではないところに価値を置いてプロレスラーを続けてきたようですが、私にはこのDDTで一番になりたいという欲がある。ましてや性別も性癖も生物か無生物かも問わない本当の意味での“無差別”なタイトルだからこそ、私のようなプロレスラーこそ獲る意義があると思うんです。
    ――DDTは差別しないですからね。
    ヨシヒコ そういう団体だから自分が生かされているのは承知しています。なんだかんだで20年間、お世話になってきた団体だけにその恩返しもしたい。それは、幅広くプロレスを表現してきたこの団体でさえ実現してないことを私が見せることだと思っています。
    ――それはつまり?
    ヨシヒコ ここで平田に勝ってベルトを巻いたら…11月3日の両国国技館のメインに立つ可能性が高まりますよね。私が国技館のメインに出るのは今までになかった風景ですし、常識的には考えられない。そして、それによって私は“にぎやかし枠”から完全に脱却できる。正当的な評価のもと見られるプロレスラーになれるんです。それともう一つ、今までのDDTの選手が成し得なかった大きなことがある。わかりますか?
    ――まさか…。
    ヨシヒコ 飯伏幸太もKONOSUKE TAKESHITAも成し得ていない、プロレス大賞MVPです。今年も残り3ヵ月ちょっとというタイミングで戴冠しても遅いのでは?という声もあるでしょうけど、私の存在自体が他のMVP候補にはないアドバンテージになっているのでインパクトや話題性、前人未到という点でそこは穴埋めできると思っています。何より、人形がMVPなんて、東スポさん向きだと思いませんか。
    ――個人的には技能賞の方こそ選ばれてほしい気がしますが。
    ヨシヒコ 平田の戴冠劇を見ての通り、人はいつの時代も想像を超えたものを求め、それを目の当たりにした時に心が揺さぶられます。そこに関してはプロレスファンもマスコミも同じなはずです。だって同じようにプロレスを愛しているんですから。
    ――ちゃんと獲得したあとのプランも考えているんですね。
    ヨシヒコ とはいえ、まずは後楽園のタイトルマッチに全神経を注がなければね。周りは「相手が平田なら楽勝でしょ」みたいに軽く言いますけど、私はまったくそんなことを思っていない。確かに過去のシングル戦績は2戦全勝ですが、見ての通り気運は完全に平田にある。何よりも、今の平田に対するファンのあと押しが凄い。私はこれまでほとんどアウェイを経験しないまま来ましたが、今回ばかりはアウェイになると覚悟しています。平田こそが、DDTのピープルズチャンピオンじゃないですか。平田を支持する観客の“気”が試合を左右する可能性がある。仮に私に対する「勝ってほしい」という思いが大きかったら、気運がこちらに傾くかもしれない。だからこの一戦は、お客さんの思い入れによっていくらでも膨らむし、内容も濃くなるし、どちらにも勝敗が転ぶと思っています。
    ――ということは闘う2人とその場にいるオーディエンスがまさに一体化するでしょうね。
    ヨシヒコ それだけではありません。レフェリー、セコンド、現場の実況・解説とあらゆるものに携わる人間がある種の共犯関係を結ぶことによって濃度の高い作品となり得ます。それは私自身が最初の飯伏さんとのKO-D戦で経験したことだからわかるんです。平田はそれを経験していない。だから、私と後楽園のメインでやることに戸惑いを覚えるかもしれません。私は、それを乗り越えた平田に期待しているんです。
  • 20年どころか自分のキャリアは
    1日で終わると思っていたのが…

    ――先ほど今はタイトルマッチのことしか考えないと言われましたが、ベルトを持ったら防衛戦の相手として指名したい選手は浮かんでいますか。
    ヨシヒコ そもそも私がベルトを持った場合、通常と同じ感覚では挑戦表明できないと思うんですよね。自ら「ヨシヒコに挑戦する!」と名乗りをあげるのって、ある意味リスクが大きいじゃないですか。もちろん、あらゆる期待であったりこだわりであったりを棄てきれたら、3秒で勝つことも可能です。でもDDTの人間でそれをやろうと思うのは一人もいないはずです。やはり対ヨシヒコとなると構えてしまう。そういう中で誰が名乗りをあげてくるのかは楽しみでもあるんですけど、基本は誰とでもやります。そこは逃げません。その上で自分がやってみたいのは、ベルトを持ったからというのは抜きにした人ばかりで、単純にこの人と自分がやったらどうなるか想像がつかない相手です。その意味では、DDTでは秋山準さん。それと、ヨシヒコという合わせ鏡に映してみたいのは、他団体の選手ですが高橋ヒロム選手。
    ――いずれも実現したら興味深いです。
    ヨシヒコ それとこれは別のテーマで、自分が引退する前にやっておかなければならないのが髙木三四郎。多人数タッグやバトルロイヤルで少しだけ触れたことはあるんですけど、シングルマッチはアイアンマンヘビーメタル級の試合を除くと一度もないので。DDTで生まれ育った身でありながら、髙木三四郎と一度も本格的にやらないまま終わるのは、悔いが残ると思うんです。前回のインタビューで闘いたい相手と聞かれて武藤敬司さんの名前を出したのは憶えていますか。
    ――はい、そう言っていました。
    ヨシヒコ でも引退されて、実現しないままに終わってしまった。だから、やれるうちに自分から動かなければ、待っているだけでは形にならないまま終わってしまうんだと思うんです。今度、髙木三四郎は無期限休業から復帰するんですよね。そのタイミングでベルトを持っていた方が、より発言力が強くなるとは思います。
    ――実兄のマッスル坂井、あるいはスーパー・ササダンゴ・マシンとは?
    ヨシヒコ 今のDDTファンがどれだけそれを知っているというんですか。もう、私が坂井良宏の弟・良彦だということは、なかったことになっているようなものじゃないですか。身内でありながら結婚式にも呼ばれなかったし、坂井精機の社長に就任した時もなんの連絡もなくてツイッターを見て知ったぐらいでしたから、縁を切られたようなものなんじゃないですか。今や地タレとしても確固たる地位を築いたササダンゴにとって、私のような一山いくらの大部屋レスラーなんて、なんの必要もないでしょ。
    ――そんな卑屈にならなくても。
    ヨシヒコ そんなことはともかく、先ほど話したようにベルトを持つと発言権を得られるとよく言うじゃないですか。そういう自分が実現させたいことはどんどん発信するつもりです。だから、後楽園でチャンピオンになったら、マスコミの皆さんは毎回バックステージコメントを取りに来てください。今までも試合後のコメントをちゃんと出しているのに、メディアでは「ノーコメント」とされてしまって不本意だったんです。
    ――あれはちゃんと話しているんですね。
    ヨシヒコ 今、こうして喋っているのとなんら変わらないです。なのに…そういうところでも人形であるがゆえの疎外感を味わっていました。だけど、それを公にする機会もなかった。だから今回、何年ぶりの取材に来ていただいたのでこの席で言わせていただきました。
    ――わかりました。それにしてもデビュー時、自身のプロレスラーとしてのキャリアが20年も続くと想像していましたか。
    ヨシヒコ 20年どころか、自分のキャリアは1日だと思っていました。つまりマッスル坂井の単なる思いつきで、あの場限りだとばかり思っていたのが正直なところです。ところがその2週間後に2度目の試合が組まれて、ちょっと待てよと。そのままちょこちょこと出るうちに思いのほか人気が出たからか、会社も正式な所属選手として何食わぬ顔でリングに上げるようになった。だから、ファンの支持がなかったらいつ消えてもおかしくなかったし、ましてや私のような立場は飽きられたら終わりですから。
    ――それは前回のインタビューの時点で言っていましたよね。もう16年も前のことです。
    ヨシヒコ あの時点で、飽きられることやマンネリに対する恐怖心と毎日のように闘っていました。それこそ夜、寝られない日もありました。ずっとネガティブな考えに支配されていたのが、ある日にふと思ったんです。「飽きられることの恐怖心って、プロレスを続けたいと思っていることの証じゃないのか」と。最初のうちは自分がプロレスラーだと胸を張って言えなかった。当時は形状が形状なだけに見る側も言葉にするのが憚れただろうし、それが私自身にとってのコンプレックスでもあったからです。でも、プロレスをやめたくない、続けたいと正直に思える自分に気づくことによってまず肉体改造して別の形状になれた。そして、プロレスラーとしての自我と誇りを持つことができた。正直言うと、マンネリに対する恐怖心はいまだ拭えていません。それを払しょくするには、何かしらの実績をあげることなんですよ。ベルトを持てば見方も変わり、立場も変わる。立場が変われば見せられる風景も変わる。その繰り返しによって、プロレスラーは常に新しいものを見せられる。私のモチベーションの根源に、マンネリ打破ありです。
    ――そこまで危機感を抱きつつ現役を続けてきたとは…見た限りではまったく気づかなかったです。
    ヨシヒコ 仕方ないですよ。私は見ての通り感情を表情に出さないし、普段は無口だし、気持ちを吐露する場もなかなか持てないし、意思疎通が難しい存在だというのは自分でもわかっていますから。人に言えないことを、当時は同じ無生物の脚立によく相談していました。彼は私よりも先にアイアンマンヘビーメタル級王者になったばかりか、いつどんな時でも2本の脚で堂々と立ち続けたじゃないですか。その精神的な強さを見習うべきだと思ったんです。最近はあくまでもアイテムとしての出番しか回ってこないけど、私が無差別級を獲ったら喜んでくれると思います。あと最大の危機感を覚えたのはアンドレザ・ジャイアントパンダが出現した時でしたね。
    ――ああ、なんとなくわかります。
    ヨシヒコ あれは本気で自分のポジションを奪われると思いました。幸いだったのは他団体(新根室プロレス)所属だったことです。DDTに出るとしてもスポットだったから比較されるまでには至らなかった。でも、カテゴリー的には近いからやはり強烈に意識しました。パンダという絶対的なベビーフェースの前では、単なる人形の自分なんて太刀打ちできない。直接対戦してより強いインパクトを残せば評価や印象も変わってくるんでしょうけど、それをアピールする場もなかったですからね。あと、最近ではハクの存在が気になりますよね。
    ――これまた絶対的ベビーフェースです。
    ヨシヒコ ハクの場合は試合をやらないと思いますけど、人間以外というカテゴリーでは同じですから。ハクのインタビュー、読みましたよ。しっかりした考えを持っているじゃないですか。そこがギャップ萌えになる。私に関しては、ギャップ萌えなど縁がないですからね。
    ――こうして振り返ると、けっこう山あり谷ありなレスラー人生ですよね。
    ヨシヒコ それはみんながそうだと思いますよ。最初から最後まで平穏無事な道を進むプロレスラーなんていないでしょう。でも、ネガティブなことばかりではなかった。この体でありながら海外にもいけたし、リック・フレアーやカート・アングルにまで自分の存在が届くなんて、マッスル坂井のポシェットから出された瞬間に想像もしていなかったですから。でもね、やはりどこまでいっても私はプロレスラーなんですよ。腕がちぎれようが、頭から何かが飛び出ようが、首があり得ない方向に曲がろうがヨシヒコはプロレスラーなんです。プロレスラーだからこそより報われたいと思ってしまう。
    ――報われたいんですね。
    ヨシヒコ 私のあとにデビューした多くのレスラーたちが、私を超えていきました。今のDDTは、ぶっちゃけ私などいなくとも成り立つ団体です。みな素晴らしい選手たちばかりだし、文化系プロレスと言われたころのテイストを持った選手たちも今なお健在で、支持されているじゃないですか。今が一番バランスの取れた団体になっていると思うんです。そういう中で、私が見ていて心を揺さぶられてしまうのが、やっぱりHARASHIMAさんや男色ディーノが上野や樋口たちの世代に挑戦してく姿なんですよね。同世代だからもちろんそうなんですが、今のDDTはそれを現在形の闘いとして提供できているじゃないですか。全盛期を過ぎたベテランが、思い出補正や判官贔屓で見られているのではなく、ちゃんと今の実力でアスリート世代と対等に渡り合っている。たとえそこで勝てなかったとしても、心のこもった拍手を浴びせられるだけのものを残す。私が求める「報われる」とは、そういうことなんです。もちろん次のタイトルマッチでKO-D無差別級のベルトを獲ったら、それも一つの報われる形でしょう。でも、それ以上に無表情で無感情な私でさえ思わず気持ちが揺さぶられるようなサムシング。それこそが求めているものだと思うんです。だから平田戦では、試合前と試合中、そして試合後に私の表情がどう変わるか、あるいは変わらないのか。また私の感情が見えるか、そこも注視していただきたいと思います。私も、そしておそらく平田も精一杯のDDTのプロレスを見せる姿勢で臨みますが、それがどこに出しても誇れるものになるかどうかは…見ていただく皆さんが何を感じ、それによって発露した感情をキャンバスへ投げ込んでくれるかに懸かっています。

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