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【KO-D無差別級王座初挑戦。KANONの思いのたけ】かつての同期に対する劣等感…人生における「1位になる瞬間」

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  • 1・25後楽園におけるKO-D無差別級&DDT UNIVERSAL両選手権変則3WAYマッチで、KO-D無差別級王座を防衛した上野勇希の前に立ったKANON。現在、KO-Dタッグ王者として勢いに乗りつつ、シングルの最高峰王座には挑戦経験がなかった。このタイミングで自発的に動いた裏には、どのような思いがあったのか。そこには、DDT生え抜きではない男ゆえの物語があった。(聞き手・鈴木健.txt)
  • 方向性がバラバラなのにちゃんと
    仲間だというところが“LOVE”

    ――DAMNATION T.Aを追放され、MAO選手に救われたのが昨年の4・6後楽園ですから、1年弱でKO-D無差別級王座初挑戦を実現させることになります。
    KANON ということは、去年の今頃(取材日3月4日)はまだDAMNATION T.Aだったということですよね。あの頃と比べると制限のようなものがなくなり、自由度が高くなった気がします。一緒にやっていくとなった時、MAOちゃんは「自由にやっていいよ」という感じだったんですけどその時、想定していた以上になっていると思うし、自分で考えてやることが増えました。
    ――以前は佐々木大輔の言うことに対し、忠実に動くポジションでしたからね。
    KANON そう。自分でアイデアを出したり、自分でどう動いたら正解かと考えたりすることが増えた。新技が増えたのも、それによるところがあって。「こういうのをやりたいんだけど、どんな感じでやったらうまくいくかな」と周りに相談しながらやることで生み出したように、頭の中に描いたものを実際に試合でやってみることが増えたんですよ。
    ――MAO選手とやっていくとなった時は、自由でいいと言いつつざっくりとした「こういう感じでやっていこう」という提示はあったんですか。
    KANON いや、本当に「自由でいいから」だけでしたね。「やってみれば生まれていくものだから」っていう感じで。STRANGE LOVE CONNECTIONになってメンバーが増えてからは、みんな友達感が強いです。わりとみんなが同世代だから、話のネタというかバックボーン、通ってきたものが一緒なので、昔の番組の話や当時流行っていたものが被るんで、地元の友達感覚でいられます。
    ――プロレス以外の話題も盛り上がると。
    KANON 平成文化。流行った曲だったり、漫画、アニメだったり。
    ――音楽とファッション方面でSTRANGE LOVE CONNECTIONは独自性を出しています。
    KANON あれは完全にMAOちゃん発信。それを僕が面白いじゃん!って受け入れている形です。知らないことでも、まったく違う道を通ってきたわけじゃないから受け入れやすいし、向こうは音楽をずっとやってきていて頭の中にそっち方面でのイメージができている。そういう人間といることで僕の方も汲み取り方ができるようになったというか、それに自然と合わせられている感じなんですよね。
    ――今はメンバーも増えて、さらにそれぞれの考えていることを出し合っている感じですか。
    KANON そこはウチのユニットならではというか、プロレスラー以外の職業の人がいるじゃないですか。KIMIHIROはMC兼ラッパーで、バンドもやっていて音楽に精通しているし、マイクもうまい。そういう音楽的観点による見せ方は僕らプロレスラーにはないんで、そういうのを採り入れられる。星元裕月さんは俳優なんですけど、舞台で見せることをやってきた人なんで、ファッション面に関してこうやったらもっとカッコよくなるよっていうアイデアをポンポンくれる。プロレスラーって、プロレスの世界でしか生きていないから、どこまでいってもちょっと脳が凝り固まっているところはあるんで、全部がプロレスの範囲内でできることしか考えなくなっちゃうんですよね。だからその2人が入って、だいぶ発想が活性化した感がありますね。
    ――あのお二方はどういうつながりで?
    KANON KIMIHIROはMAOさんで、星元さんに関しては僕がもともと知り合いで。MAOちゃんに紹介したら「それ、メッチャ面白いじゃん!」なったんです。僕らの中でSTRANGE LOVE CONNECTIONは最終的な目標として、とっ散らかったユニットになりたいっていうのがあったんですよ。なんていうかな…戦隊モノの悪役みたいな。
    ――戦隊モノのヒーロー側ではなく。
    KANON あとよく言っているのは、クレヨンしんちゃんの映画に出てくる悪役。なぜそれなのかというと、MAOちゃんの頭の中にあるようなんです。でも、みんなクレヨンしんちゃんを通ってきているから、なんとなくイメージを共有できるという。
    ――プロレスラー以外の人間をメンバーに入れるという発想も画期的ですよね。
    KANON WWEではトラヴィス・スコット(ラッパー)のような有名人が登場する時もあれば「このおじさん、何やっている人なんだろう?」みたいなのも出てくるから、ああいうのもやりたくね?と言って入ったのがKIMIちゃんだったんです。よくわからない人を入れていくっていうのをやっていって…どんどん増えていくわけではないですけど、まあ完成に近づいているのかなと。
    ――レスラー以外ですから、今林久弥GMもメンバーになる可能性もゼロではないと。
    KANON うーん、ゼロとは言えないですね。
    ――STRANGE LOVE CONNECTIONのユニット名は?
    KANON あれはMAOちゃんが僕を助けるために駆けつけた時点で、バックステージでユニット名がほぼ確定しちゃってて。ここから変わった愛の形をつなげていこうよ的なことを言って「俺たちはSTRANGE LOVE CONNECTIONだ!」ってMAOちゃんが宣言しちゃったから、早い段階で決まったんですけど。たぶん、彼の中にそのワードがすでにあったんだと思います。だから、2人で決めようという流れではなく、僕の方もDAMNATION T.Aを追放されて意気消沈状態だったから、特に何かを考える余裕がなかったんで。そのまま決まった感じです。
    ――どのあたりがLOVEなんでしょう。
    KANON 僕らはいい意味でも悪い意味でも多様性がすごいんですよ。ユニットって、けっこう方向性がガチッと決まって、みんなが同じコスチュームを着て同じ色でみたいなのが多いじゃないですか。
    ――黒のnWoのような。
    KANON 言うなればちゃんと集合体になっている中で、ウチは僕とMAOちゃんも性格が反対だし、そこにMCがいて俳優がいて、さらに飯野さんと納谷さんが入ってその2人も僕らと闘い方がまるで逆なんですよね。そして今回、マスクマン(ビエント・マリグノ)が加わって、これらを並べるとマスクマン、身長2m、アメフトも頑張っている人、ラッパー、俳優ですから、まったく方向性がバラバラじゃないですか。そこで縛られずにそれぞれが動いていながら、ちゃんと仲間だというところがLOVEなんじゃないかと。
    ――職種がバラバラな人たちが一つ屋根の下で暮らしているような。
    KANON 飯野さんと納谷さんが加入した時、Xで今林さんが「麦わら海賊団(ONE PEACE)の一味感が強い」って書いていたんですけど、確かにそうだなと思って。だいたいのユニットは、職業プロレスなんです。僕らも戦闘員としてはほぼそうなんですけど、もう一つの職業があるような感覚。
    ――統一性のないという点ではDAMNATION T.Aとは真逆ですね。
    KANON そうなんですよ。だからやりやすいし、楽しめているんだと思います。オーバーオールも、それまで着たことがなかったんですけどパッとイメージができたんです。昔、WWEにいたような気がして、かわいいんじゃないのかと思って。
    ――ヒルビリー・ジムとかいましたね。
    KANON オーバーオールって肩にかけているし、それを脱ぐこともできるじゃないですか。だから、鍛えている体も見せられなくなるわけではないし、逆に見せ方が一つ増えるとも思ったし。あとは、通常使っているのが白のコスチュームなんで、そればかり使っていると痛んで色が変わっちゃうから休ませる意味もありました。
    ――オーバーオールって動きづらくはならないんですか。
    KANON 意外とならないです。生地は硬くもないので開脚とかヒザを曲げたりしても突っ張ることはないし、肩かけがズレるのもやっている分には気にならないんで。
    ――納谷選手と飯野選手が加入したことでユニット内の空気にちょっとした変化はありましたか。
    KANON どうでしょう…入った直後から飯野さんがアメフトに専念し始めちゃったんで。納谷さんは今のところ、S.L.C.の空気感に引っ張られている感があるんですけど、それによって新しい自分を開こうと思っているだろうし、そこで納谷さんが主張するようになったらまたS.L.C.として一つ新しさを出せるだろうし、どっちに進んでも面白くなるんでしょうね。
    ――もうすぐ1年が経過するにもかかわらず方向性が定まっていない…いや、定めない。
    KANON だからこそ、まったくカラーの違うThe Apexが加わるっていう流れもスムーズにいったんだと思うんです。僕は(飯野から入りたいと)言われた瞬間、色が違いすぎて意外としか思えなかったんです。ただ、ちょっと考えただけでも、あの2人が入ったらDDTのユニットバランス的にエグいじゃないですか。だから、そんなユニットにしていいんだ!?  反則感があるよなって思いました。
    ――まあ、S.L.C.に何かしらの魅力を感じたから入りたいと言ったんでしょうね。
    KANON だから闘い方が全然違うチームから見ても、魅力的なユニットにこの1年でなったんだなと思いました。納谷さんも飯野さんもシングルでもできるし、タッグでやったらやったで強いし、ああいうチームは僕らみたいなタイプとは全然違う闘い方をしてくるから、勝手にS.L.C.と方向性は逆だなと思っていたんすけど、入りたいって言ってくれた時は嬉しかったッスね。今は飯野さんが出ていないですけど、S.L.C.のメンバーが全員揃って出たらけっこう圧巻だと思うんですよ。だからそれを早く実現させたいです。KIMIHIKOがMCをしてくれるだけで、毎回がビッグマッチの入場感を味わえるし、そのノリのまま試合もできるしで、それをあの2人も加わってやったらどんな感触になるんだろうって。
  • DDTに来て最初に挫折感を
    味わわされた上野との一騎打ち

    ――S.L.C.結成後は、どちらかというとタッグ戦線を中心にやってきました。
    KANON それまでは僕、KO-Dタッグのベルトに関していいイメージがなかったんです。2回獲って、いずれも初防衛戦で落としていたから。なんだかベルトに嫌われている感じがしたし、僕が負けて落としているんでタッグは不向きなのかなと思ったんです。そういう苦手意識みたいなものがあったんですけど、MAOちゃんと組み始めてからもすぐには挑戦しなかったんですよね。
    ――そこは寝かせて、練ってからいくつもりでいたんですか。
    KANON 組み始めてすぐ、MAOちゃんは新日本プロレスのBEST OF THE SUPER Jr.があって、僕はKING OF DDTがあったので、それぞれ違うリーグ戦に出てからやっと始動するんだから、そこからしばらくは時間をかけて自分たちのタッグの粘度をあげていこうとなったんです。だから、けっこう2人とも慎重にいきました。組んだ勢いのままいくのも、確かにプロレス的にはありなのかなとも思いました。やっぱり、勢いって大事じゃないですか。僕らが名乗りをあげれば挑戦できたとは思うんですよ。でも、そこはあえてせずに引っ張りました。結果として、その間にタッグとして高めてきたものがあったんで、よかったんですけど。
    ――流れ的にはThe Apexにチーム200キロ(橋本千紘&優宇)、F-SWAG(政岡純&ガイア・ホックス)と相手にも恵まれ、タッグタイトル戦線の注目度も上がっていたのがよかったと思います。
    KANON それはありましたね。チーム200キロは、年末に優宇さんの引退が決まっていたからギリギリのやれるチャンスだったし、Apexとは2回やりましたけどあそこまで身長も横幅も体重もあるタイプって、プロレス界全体でもなかなかいない。それをDDT内でぶつかり合って体感できたのが楽しかったし、あとはF-SWAG。4月から組み始めた僕らとは対照的に、いろいろな団体に出てベルトも獲っているチームですよ。タッグの熟練度がすごくて、そことやって勝てたのはすごく自信につながりました。F-SWAGに勝ったのがが、一つステージが上がったなと思えた瞬間でしたね。そういう相手とやるうちに、苦手だと思っていたタッグが面白くなって。
    ――そんな最高にタッグを面白く感じているタイミングでKO-D無差別級王座に初挑戦するという。
    KANON そこはタッグが充実したからこそシングルもいけるって思ったからです。MAOちゃんとのコンビが中途半端な状態だったらシングルにはいかなかったかもしれない。僕はプロレスのシングルタイトルに挑戦するのって、なんとなくポイントカード感を持つんです。これは完全にたとえ話なんですけど、大きな大会の大事な試合に勝つとスタンプが1個貯まるみたいな。タッグの方のタイトルを1回防衛すればまた1個、6人タッグでチャンピオンに直接勝ったらまた1個…というようにスタンプが貯まったところで挑戦できるという、頭の中にあるポイントカードなんですけどね。
    ――平たく言うと実績を積み重ねるということですよね。
    KANON それが僕の中ではポイントカードの像になっているんです。そして今が、そのポイントが貯まりきっている状態だと思って。これが今までの中でケガしましたとか、この大きな試合に負けたというのがあるとポイントを失効してしまう。その中で貯め続けないとお客さんも納得しないし、カードを決めるGMも会社も納得しないし、誰よりもチャンピオンが納得しない。だからタッグで3回防衛して、戦闘員も今まで2人だったのが5人に増えたからこそタッグをいったん置いてシングルに向き合えるんじゃないかと思って、動きました。
    ――確かに機運は必要です。DDTのリングへ上がるようになって、4年かけて最高峰の王座に初挑戦です。
    KANON メチャクチャ長く感じましたねえ。僕はDDTへ来て最初に挨拶した時、若い選手、自分と同じ年ぐらいの選手がいっぱいるからそこで切磋琢磨したいし、もちろんDDTのトップのベルトも獲りたいって言ったんですけど、入ってからこんなに遠いんだ!?って思わされました。それは自分の実力不足もあったし、チャンピオンに指名されるような選手でもなかったからなんですけど、じゃあ力ずくでと思って臨んだKING OF DDTだったりD王GPだったりでも優勝できず、いつでもどこでも挑戦権にしても使わないまま失うことも多かったんで、自分でつかめるタイミングを棒に振ってきたなって思います。
    ――去年のKING OF DDTも決勝戦までいきながら樋口和貞選手に敗れて挑戦なりませんでした。
    KANON 去年の1月にも4WAYでの次期挑戦者決定戦に出ながら石川修司さんに負けちゃいましたからね。チャンスはいくつもあったはずなのに、それこそポイントが貯まると使う前に失効し続けていた感じじゃないですか。去年の今頃なんてDAMNATION T.Aを追放されたことで一度はポイントがゼロになったと思うんです。そこからまたスタンプを一個ずつ集めて、ようやく挑戦できるところまで来たなっていう感じですよね。
    ――チャンピオンの上野勇希の現在は、どのように映っていますか。
    KANON バランスのよさを一番感じますね。DDTって、無差別じゃないですか。だから体格のことを言うのは無粋なのかなと思うんですけど、それにしても筋力も身体能力も、あとはマイクもプロレス技術もというようにあらゆる要素が総合的に高いんだと思います。どこかが飛び抜けているのではなく、すべての科目の点数が高くて総合点で1位になっているタイプ。
    ――5角形グラフの大きさが広いアスリート。
    KANON それでいて、性格もちょっとひねくれているからストレートには来てくれない。そこが上野さんの面白さであり、チャンピオンとしてのよさなんでしょうけど、常に挑戦者へ課題を投げかけてくるタイプだなと思っていて。
    ――それは正田壮史選手との防衛戦を見ても明らかですよね。
    KANON やろうと思えばきれいに挑戦を受けて、きれいに試合をして終わらせることもできるのに、それで終わることをヨシとしない。タイトルマッチが決まって今、肌を合わせる中でそれをすごく感じます。
    ――防衛戦ごとに、各相手に対してのテーマを立てて闘うからこそ、そういう問いかけが常にあるのでしょう。シングルマッチは過去に1度だけ実現しています(2022年6月16日、新宿FACE)。KING OF DDT 1回戦で敗れました。
    KANON DDTに参戦してDAMNATION T.Aに入って、一番調子に乗っていた時期ですね。そこまで負けなしだったんですよ。だからここで優勝して、最速でKO-D無差別級に挑戦できるじゃん!ぐらいに思っていたら、それを踏みにじられて。あの頃の上野さんて、今ほどのラスボス感がなかったんですよ。中堅よりちょっと上ぐらいというか、チャンピオンの一歩手前ぐらいの感じだった人に、勢いで上回られた果てに負けた。DDTに入って最初の挫折でしたね。あれはずっと忘れられない。トラウマとして引きずっているわけじゃないけど、ずっと残ってはいます。心残りというか、今となっては別にあそこで勝っていればとも思っていないですけど…なんだろう、あの負けはすごく残ったままになっているんですよね。
    ――それもあって上野選手がチャンピオンの時にいきたかったというのはあるんですか。
    KANON 平田さんがチャンピオンだった時も、あとはクリスや樋口さんの時もいきたいというのはあったんですけど…言われてみると、やっぱり上野勇希に対していきたいというのはあったと思います。やっぱり今のDDTのエースであり、象徴だと僕は思っているんで、獲るなら上野勇希だなっていうのは、DDTに来て最初に負けた相手としての因縁のようなものを勝手に感じていました。もう4年も経っているんで当時見ていた人も、もしかすると上野さんも憶えていないのかもしれない。ましてやこの数年で増えたお客さんも多いんで当時を知らない人もけっこういるでしょう。
  • タッグや6人タッグのベルトを
    獲っても腰に巻いていない理由

    ――DDTの29周年記念大会のメインを生え抜きではない自分が務めることになります。
    KANON 名乗りをあげた時点では周年だからというのは頭の中になかったんですけど、あれが1月で、2月の後楽園は上野さんも武知海青戦が決まっていた。早いタイミングで29周年大会に決まった形だったから、2ヵ月っていうのは準備期間がけっこうあるよなって思ったんです。決まった今になって考えると、そこでの挑戦を認められたのは意外というか。去年の28周年はクリスに高梨さんが挑戦したじゃないですか。2人とも長くDDTでやってきた者同士だから、記念大会にふさわしかったと思うんです。だけど僕の場合は今も溶け込んでいるのかどうかとなると、自分ではDDTが俺の居場所だと思えているけど、ゆうても所属になったのは去年だし…とは考えますよね。
    ――ただ、それでも挑戦が認められてこの日になったことが、会社としての評価だと思うんです。今年の周年大会はKANONに任せようという。後楽園でのシングルメインと言えば、昨年のKING OF DDT決勝戦もそうですが、なんと言ってもデビュー戦ですよね(2019年7月8日、プロフェッショナルレスリングJUST TAP OUT旗揚げ戦)。
    KANON 6年…8ヵ月も前になるんですね。
    ――デビュー戦が後楽園のメインのシングルマッチ(vs武蔵龍也)で、しかも旗揚げ戦のメインというのを経験したのは、おそらくこの世でKANON選手だけでしょう。
    KANON あの時点でDDTのベルトを懸けてまた後楽園のメインに立つなんていうのはもちろん想像していなかったですけど、デビュー当時から自分の団体だけでなく、他団体のタイトルも狙えるようなプロレスラーになりたいという目標は抱いていたんです。団体ごとに最高峰とされる場所があって、そこに立つのもいいんじゃないかって。それが今、来たということですよね。
    ――6年8ヵ月でここまで来られたことについて客観的にどう映りますか。
    KANON 僕は要領がいい方じゃないし、順風満帆っていう言葉から一番遠いレスラーだと思うんです。他人にはそう映っていないかもしれないけど、2年半ぐらいで前の団体をやめて、DDTでヒールになって、わりとポンポン進んでいるように見えるんでしょうけど、当時の周りを見ると同期だった舞華がスターダムであそこまでいって、田村ハヤトもGLEATにいって早い段階でトップに立っていた。その姿を見ているんで、劣等感があったんです。同じ年にデビューしながらこんなに違うのか、同期なのに遠いところにいっちゃったなあって。あの頃の同期は今も仲がいいんですけど、メチャクチャ嫉妬もしたし、自分は何が足りないんだろうって考えると他団体で輝いている姿があこがれでもあり、やっぱりそこに並び立ちたいっていうのがあったんです。
    ――後輩の綾部蓮選手も今では全日本プロレスで世界タッグ王者に君臨していますよね。
    KANON 綾部のデビュー戦の相手を務めましたからね。蓮も全日本に上がるようになって早い段階で王道トーナメントに優勝して、去年は世界最強タッグ決定リーグ戦にも優勝してって…それに対し僕は最初に参加したKING OF DDTが1回戦敗退じゃないですか。
    そこでも負けているよなっていう感じがあって、そういう古巣から出た選手たちの活躍を見て刺激をもらいつつ、負けたくないっていうのがすごくありました。そこはたぶん、引退する時まで意識し続けると思うし。

    ――とても真実味があります。
    KANON こんな話はリング上では言えないじゃないですか。今は直接当たらないわけだし。でも、こういう場なら言えると思うんですよね。
    ――言ってください。舞華選手の出世ぶりなんてすごかったですもんね。同時にあの頃を知る者として誇りでもありました。
    KANON あれを基準にすることもないんでしょうけど、そこで悔しくないと思ったら、そこまでの人間じゃないですか。同じぐらいに金稼いでいなかったんですよ。僕らは同じぐらいの給料で同じぐらいの生活をしていて、同じぐらい一緒に練習していた人だから、それはやっぱり先にいかれると悔しいし、応援しつつも負けるか!っていう気持ちは出ますよね。それはあの頃、あの練習場の風景を知る選手はみんなそうだと思います。そこで闘争心が出なかったら、下がっていくだけですよ。
    ――そういえばこのたび、JTO出身の稲畑誠己選手(元サンダー誠己)がDDTに入団したんで、古巣話ができるようになりますね。
    KANON 兄(現プロレスリング・ノアの稲畑勝巳)の方は先に入って一緒に練習したんですけど、彼は僕が抜けてから入ってきたんで、JTOの後楽園大会にいった時に挨拶したぐらいなんです。「弟なんだ。デカいねー」みたいな感じだったと思うんですけど。まさかJTOの後輩からDDT所属の選手が出るとは。だから、そういう後輩にも夢を見させたいですよね。同じところでやっていた人間でも、この団体の頂点に立てるんだっていうのをね。
    ――そう、獲ったらこの団体の最高峰です。
    KANON 僕は人生の中で一番になったことってあまりないんです。JTOの時も、ランキング1位にはなってもその時点ではまだベルトがない状態だったので、シングルのベルトって巻いたことがないんですよね。
    ――KING of JTOタイトルは当初、ベルトが設立されていなくてランキング制度だったんですよね。KANON選手が第3代王者となって、退団した直後にベルトができるという。
    KANON これまでタッグや6人タッグのベルトを獲っても腰には巻かない理由が、それなんです。よく見てもらうとわかるんですけど、全部肩にかけるだけで。それはシングルのベルトを獲った時に初めて巻こうと決めたからだったんです。
    ――だとすると、3・22後楽園でKO-D無差別級王座を奪取したら、生まれて初めてチャンピオンベルトを腰に巻くこととなるんですね。それは胸アツです。
    KANON 団体の1位、トップになるという勲章と同時に、自分の人生の中で一つ、1位になる瞬間が刻まれるのであれば頑張んなきゃなって思えます。それには今ならやっぱり、上野勇希を倒して上で刻みたい。それが形になるまで、この6年8ヵ月間積み重ねてきたものを感じ取ってほしいし…あとは僕自身が今、DDTって最高だって所属になってさらに感じているんで、そういう思いをお客さんと一緒に持てる空間にしたいです。

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