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【MAOインタビュー】DDTが勝負する上野勇希vsMAOというブランド力「背負わなくても、俺がDDTなんだから」

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  • 8・11両国国技館で上野勇希が保持するKO-D無差別級王座に挑戦するMAO。2024年、夏の両国ビッグマッチと同じカードでありながら、あれから2年が経過し両者の立ち位置やポテンシャルはまったく変わっている。これまで“強さ”の部分を声高に掲げてこなかったMAOだが、王者から指名を受けると「どっちが強いか純粋に勝負がしたい」と思いのたけを口にした。10年にわたる両者の関係性が投影される一戦について、自身はどのように受け止めているのか、その本音を語ってもらった。(聞き手・鈴木健.txt)
  • MAOなら許されると思われる
    ことを何年もかけてやってきた

    ――2年前の両国国技館における上野勇希戦以後は、The37KAMIINAを脱退しSTRANGE LOVE CONNECTIONを結成、その一方では昨年の新日本プロレス「BEST OF THE SUPER Jr.」に出場するなどの活動を続けてきました。この1年ほどの中で特に刺激を得られたこととしては、何になりますか。
    MAO もう毎日が目まぐるしくて、いつも朝起きないと予定がわからないぐらいなんですけど、その中で刺激的なことはいろいろありましたよ。特にこの1年はユニットの後ろに回って何を頑張っていたかといったら、KANONを強くすることになるんでしょうね。自分のことに関してはSUPER Jr.で満足しちゃったところがあって、そのあとに鈴木みのるさんのUNIVERSAL王座へ挑戦して獲れなかったのもあったけど、いったんは自分のことよりもユニットの方でいろいろやろうと思って続けてきた気がします。(スマホに保存した画像を見ながら)こうやって見直さないと追いつかないんですよね、自分の処理が。それほど刺激自体はたくさん味わえてきたんですが。
    ――タスクは増えているのに、その結果までは自分の中で情報処理されていないと。
    MAO いったん、処理しちゃっているのもあるんで。去年の4月1日から日記を始めまして毎週更新しているんですけど、そこである程度アウトプットすることで逆にアウトプットしすぎて、自分の中に何も残っていない状態なのかもしれないです。
    ――日記はブログ? note?
    MAO pixivFANBOXです。noteはあまりやりたくなくて。あれって頭よく見えちゃうじゃないですか。そう見られるのはちょっと困るなと。そんな大層なものは書いてないから。まあ、そうやってアウトプットしつつも今、パッと出てくるのはやっぱりKING OF DDTですよね。一日で男色ディーノからの青木真也っていうこのふり幅ね。そこに今のDDTのふり幅具合をすげえ感じたっていうのがありました。あの日は仮に決勝まで進めても、そのあとに青木真也が来るか鈴木みのるが来るかわからない状態で、行く先はどのみち地獄だっていうのも俺としてはすごくよくて。あれも相当刺激を受けたんですけど、須見をフランスに連れていってタイトルマッチを組んであげたりとか、そういうことも多くてあまり自分のことをやっていたイメージがないんですよね。その中でトーナメントを迎えたことで、やっと自分のことをやり始めた。それまではKO-Dタッグを持っていて、KANONのKO-D無差別挑戦までこぎ着けたし…振り返ってみると、人のことばっかやってたなあって。
    ――その中で自分としてやり甲斐は持てていたということですか。
    MAO はい。KIMIHIROが入ったら面白いんじゃね?ってなって、納谷も飯野も入ってビエントも合流して、YUZUKIも入って…なんだろう、所帯を抱えたというか。
    ――所帯持ちになった。
    MAO 最初はKANONと2人でバディとしてやっていたのが所帯持ちになったことで、自分の試合が終わってもほかのメンバーを気にかけたり、逆に自分以外でユニットとして動いている時もすごく気になったりということが多かったです。それはサウナの時とは全然違っていて、あの時はみんなで創りあげて、もっと言うと全員でTo-yの面倒を見ていたぐらいで、ユニットの成り立ちからいって違った。それに対しS.L.C.はゼロから起業した社長のような感覚。社長であり、監督ですね。
    ――そうした流れの中で、どこかのタイミングで個人として動かなければとは思っていたんですか。
    MAO それがKING OF DDTトーナメントですよね。ここは各自、持ち場で頑張りましょうって俺はみんなに言っていたんで。トーナメントって、いろんなタイプの相手とシングルマッチをやることで総合力が試される場なわけですけど、その中で1回戦の須見からその次が岡谷、男色ディーノ、青木真也とやって自分の持っているスタイルは全部出せたと思える4試合でした。
    ――正直なところ、今年のトーナメントではそれほどシングルプレイヤーとしてのMAOがクローズアップされたわけではなかった。それはやはり、ご自身の言う通りユニットとしての印象が強かったからだと思うんです。
    MAO そうそう、印象が薄かったと思うんですよ。でも、そこで自分が落ちているとは思わなくて。そういう1年なんだなと思うぐらいで、KANONの無差別級挑戦でちょっと肩の荷が下りたというか、メインイベンターまで彼を引きあげることができたことである程度手放してもやれる区切りがついたんですよ。そこからのトーナメントだったんで流れとしてはよかったし、やっぱり上野の前に立ちたかったし。決勝で勝って、呼び込むところまで想像していましたから。「おい、上野!」って。そうしたら優勝できなくて、次の後楽園が上野勇希vs青木真也になったら、勝った上野勇希に自分の思っていたことをされるという。
    ――自分が指名される方になった。青木真也に負けている自分が指名を受けて、あそこで出ていくことのためらいはあったんですか。
    MAO それはもちろんありました。トーナメントの時から上野、上野と言っていながら負けたんで、自分は最後尾だよなという気持ちでいたんで、そこはどのタイミングになるかわからないけど実力がシンプルに足りないんだったらまた積み上げていくしかないなっていう矢先だった。ただ、なんとなく予感もあったことはあったんですよね。
    ――ほう。
    MAO (上野勇希が)青木真也に勝つかどうかというのはまったく見えなかったんですけど、勝ったとしたらワンチャン呼ばれるかもしれない、上野勇希なら呼びかねないなと。誰も名乗りをあげなかったらそうなっちゃう?みたいな。あの日は全然関係ない試合をやって(髙木三四郎とのシングルマッチ)、メインも見届けてサイン会にいこうと思っていたから、メッチャ適当な格好をしていたら呼ばれました。
    ――バックステージコメントでも「飛び級」と言っていました。ただ、それを上野勇希の方が求めたわけです。
    MAO そうなんですよね。こうなってきた以上は、DDTで誰が上野を倒すかっていったらもうMAOしかいないんじゃないかみたいなね。誰もが認めるチャンプ、DDT最強にして問答無用、文句なしの上野勇希の前に立って、倒してお客さんが納得するのってMAOしかいないかもしれないっていうのをぼんやりと考えてオイシイかもな、これで勝ったらチヤホヤされちゃうかもって考えてね。
    ――チヤホヤされるの、好きですもんね。
    MAO だから呼ばれてリングに上がるまでは、ちょっとマジ!?みたいな気持ちと、これはオイシイのでは?というのがあったんですけど、それで出ていったらけっこう受け入れてもらえたんですよ。
    ――そう、客席の拒否反応はなかったんです。
    MAO 「えー、トーナメントで負けたのに挑戦が認められるの?」みたいなのがなくて、やっぱ期待されているのかなって思ったら最後尾だとか思っていたのは俺だけで、別にそんなことを誰も考えていないのだとしたら悪くねえなって。でも、それってMAOという人間だから得をしている可能性があるんですよ。「まあ、MAOならいっか」みたいなブランディングを僕は頑張ってやってきたわけです。MAOなら許されると思われるようなことを何年もかけてやってきた。それが会社にもお客さんにも伝わっているなら、俺の勝ちッスね。
    ――先ほど言われた通り、トーナメントに優勝して上野勇希とやるというのが前提にあったわけじゃないですか。自発的にこのタイミングでやる、あるいはやりたい意識が芽生えていたということですよね。
    MAO そこは自分の証明になるというか。なんでThe37KAMENAをやめる必要があったのかという見られ方をする中でS.L.C.ができて、それに触発されたユニットも出てきたりするぐらいに景色を変えた自覚があるんですけど、サウナを出てS.L.C.を創って大将になって改めてサウナの前に、上野の前に立った上で、なんでサウナをやめちゃったの? それって意味ないじゃんって言われても勝つことで俺は間違っていなかったって、自分自身で思いたくて。
    ――ベルトよりもそちらの目的の方が先に来ると。
    MAO ベルトは二の次とは言わないけれど、やっぱり上野勇希に勝ちたいっていう気持ちが一番デカいんです。ずっと、無差別級を獲ったら不自由になるイメージがすごくあった中で…まあ、要は他団体にも出づらくなっちゃうんですよ。チャンピオンを出すっていうことは、相手の団体は何を出してくれるのかというある種の交渉材料、一番強いカードになっちゃうじゃないですか。僕はそれがすごく嫌なんですよね。UNIVERSALがちょうどよく外に出るためのベルトで、なんならUNIVERSALチャンピオンだからこそ出ていかなきゃいけない。KO-D無差別級ほどカードとしては強くないから交渉もしやすいしっていうのでUNIVERSALが大好きで、自分が創りあげたベルトぐらいに思っているんですけど、それを追い続けていたら自分自身がUNIVERSALの概念みたいになっちゃって、今でもありがたいことにいろいろとヨソの団体に呼ばれているのを、無差別を持っても変えたくないなっていうのは今、すごく思っている。それこそ“MAOなら許されるマインド”ですよ。だから過去の無差別級チャンピオンなら無理だったことを、MAOならいいかで出してもらえるように変えていけばいいと考えたら、無差別も悪くないなって。
    ――会社同士の交渉を「MAOならいいか」で進めさせるというのもすごいですよ。
    MAO 今まではそこに関する億劫な気持ちがあって無差別に関しては前向きにいけなかったんですけど、今のMAOならいけるんじゃないかみたいな。
    ――飯伏幸太選手の頃は比較的自由にやれていました。そうなりたいと?
    MAO そうそう、あれも「飯伏だったら、いっか」があったじゃないですか。そうなりたい。
    ――上野選手からの指名を受けた時点で「チャンピオンになっても自由にやらせてもらう」と先鞭を打っていましたよね。
    MAO 僕はけっこうそういうジャブを打つのが得意で、サウナを抜ける1年前からも打っていました。こういうジャブを細かく打っておくことによって、会社に対する印象を操作しています。
    ――よい印象操作の事例です。
    MAO もちろん、DDT最強のベルトっていう大前提は絶対に崩さずに、どんだけ自由にやれるか。それは、今だからこそできるかもしれないことです。去年、一昨年の自分だったらできなかったでしょう。今だからこそ…そこには実績もやっぱり必要ですけど、実績で言ったら無差別以外はほとんど獲ったので、だからこそ効いてくる「MAOだからこそ」があるんですよ。
  • 強さに関して主張してこなかったのに
    そこで勝負するのは相手が上野だから

    ――自由にやるには、チャンピオンとしての強さが必要だと思っているんですよね。
    MAO 当たり前のことです。強さに関しては追い求めなかったことはないですし。
    ――ただ、そこに関してはこれまであまり主張してこなかった。
    MAO そう。俺が嫌だったのは…CyberFight Festivalで当時、無差別級チャンピオンだった遠藤哲哉がああなったじゃないですか。それによって、DDTが自分たちで俺たちは強いってすごく打ち出した時期があったんですけど、俺はそこに違和感があって。自分たちで強いっていうブランディングをするのって、DDTのやり方ではないなって思ったんです。それって、ゼロ年代(2000年期)の新日本プロレスが総合格闘技ブームの中でプロレスは強いって自分たちで言ったやり方と同じじゃないですか。そうじゃなくて、プロレスにはプロレスの強さの基準があるわけだし、DDTにはDDTの強さの基準がもちろんあるんですよ。僕は、DDTじゃなくてもいいことっていうのがすごく嫌なんです。DDTである必要がないことを言う人には、俺は厳しいかな。強さって、大前提の当たり前の話なんだから、いちいち言わなくてよくない?って、自分たちでそうやってブランディングしていたら、それはDDTじゃないよというのがあるので、自分から強さがどうというのは言わなかったんです。
    ――そんなMAO選手が、今回に関しては「どっちが強いか純粋に勝負がしたい」と言いました。
    MAO それは上野勇希も当たり前の認識で持っているから。だからこそ、どっちが強いかを決めたい。
    ――これまで向き合ってこなかったストレートなテーマに向き合うと。
    MAO それぐらいに上野勇希は強いんです。鈴木みのるに勝って、青木真也に勝って、じゃあ誰に負けるんだ? あんなに強くなるとは思わなかったし、一緒に組んでいた時よりも全然強くなっている。肉体もだけど心が本当に強くて折れそう、諦めそうな局面で折れないんですよね。あれは本当、強いなあと思う。あえて言わなくても強いんだから、じゃあどっちが強いかを試したい。今だからこそ、俺も強くなったぜ!って言えるし。
    ――2年前のタイトルマッチ前の時点でも言っていましたよね。「自分は何かで一番になりたいタイプではない。悪く言ったら責任を取りたくないんだろうなって自分でも思っていて。でも、無差別級王者として責任を持ってやっている上野勇希をずっと見てきて、やっぱり自分も責任を持ってトップ戦線に絡んでいかないといけねえよなって、意識を変えられた」と。そこに拍車がかかっている。
    MAO (頷きながら)やっぱり(上野は)自信がついているなと思っていて、倒してきた相手をしっかりと咀嚼して、ちゃんと自分の栄養にしちゃっている。それは闘いの中で強くなっているということなんですけど。だって、あの青木真也ですら上野勇希にとっては栄養なんですよ。
    ――その青木選手を先日インタビューした時に「単純にMAOは強い。全然気づかれていないけど、あいつは格闘技として強いんです。格闘技的なことをやらせたら、競技として1、2年やればそれなりに上へいくのに、そういうところを見せないようにしている。明るいケンドー・カシン的なところがある」と評していました。
    MAO 読みました! あれで調子に乗りましたよ。あんなに言われたらねえ!(ニヤニヤ)
    ――センスの部分も含めての評価と思われます。
    MAO そこも言わないけれど、ちゃんとメチャメチャ練習してきているんで。逆に、試合で出しているのって自分の何割だろう?というぐらいの感覚なんです。やれるのにやらないのは、ちょっとカッコつけてんなあって感じもするんですけど、そういうやっていないことの方が多いかもしれないですね。プロレスにおいてはその時々でパッと咄嗟に出ることもいっぱいあるけど、俺は明るく楽しく激しく殴り合いがしたいだけなんで。飛ぼうと思えばいくらでも飛ぶし、ずっとネチネチやろうと思えば一生ネチネチやるしっていう中で、お客さんを飽きさせたくはない。その使いどころを、いつも考えますね。その中で、やっぱり使わないものの方が多いんですよ。
    ――せっかく身につけているのに、使わなきゃもったいないとはならないものなんですか。
    MAO できるからやるっていうのは違うと思っています。できるからってみんながみんなやったら、みんな同じプロレスラーになっちゃう。これって、現に世界で起こっている問題だと思っていて、ある程度派手な試合を求めて、みんながみんな同じムーブセットになってきているんですよ。こうして喋っている今も、世界中探したらどこかでスタイルズクラッシュやっていますよ。いわゆるハイフライヤーと呼ばれる選手たちは使う技がみんな被ってきちゃっている。じゃあ、もう誰が誰でもよくね?みたいなね。その中で何を競うか、何をユニークさに持ってくるか。ユニークな選手もユニークな動きで固まってくるとみんな同じ感じになっちゃうし、パワーファイターと呼ばれる選手たちでさえも今は平気で飛んでいる。昔はベイダーのムーンサルト・プレスですげえ!ってなっていたのが、時代が変わって今やデッカい選手がシューティングスター・プレスで飛んでいるような時代に、あえて何をやらないかということにこだわっている。そうなった時、自分のルーツは大好きだったみちのくプロレスだということをすごく大事にしています。
    ――でも、今回のどっちが強いかハッキリさせようぜという中でこそ、普段は見せていない武器がアドバンテージになってくるんじゃないですか。
    MAO そこは出さないと勝てなかったら、出すしかないし。局面、局面なんだろうな…まあ、僕の課題はこうして体を大きくしたんで、スタミナなんですけどね。やっぱり上野のスタミナもすごいから、試合時間が延びて延びて決めきれないとなった時に踏ん張れるかどうか。
    ――今までの最長となると?
    MAO 30分フルタイムの試合で、それ以上はないです。キャンプ場プロレスや路上プロレスだと2時間ぐらいやりますけど。
    ――シングルじゃないですもんね。
    MAO そうなったら最後は勝ちたい、こいつより強くありたいっていう気持ちなんじゃないですかね。気合とか根性と言われるもの。
    ――意外とプリミティブな要素がモノを言うと。
    MAO けっこう、そういうタイプなんですよ。何を聞かれても、そんなの気合でしょってすぐ言っちゃう。でも、マジで大事なのは気持ちなんですよ。
    ――そう思います。上野勇希というのは、そこまで自分を思わせてくれる存在なんですね。
    MAO 影響力でいったらメチャメチャ大きい。普段の生き方も、話を聞いていてもメッチャ頑張っていて、練習はもちろんでそのほかにも撮影だ、明日も朝6時から夜までだ、朝から晩までだと忙しいのに、お芝居の稽古も頑張りながら体作りを徹底している。すべてに徹底している中で、試合ではメインイベントを務めてベルトもあれだけ防衛して…シンプルにすっげえ尊敬しています。その上で外に広げる発信もやめないしで、本当に穴がない。
    ――そう、プロレスラーとして人間として、穴がない域に達している。
    MAO 防衛戦のたびに対戦相手を人間ごと掘っていく感じで、相手への敬意、尊敬、感謝を忘れないし、来てくれたお客さんもしっかりとケアする。あんなに完ぺきなチャンピオンって、逆に今までいたかっていうぐらいですよ。そこで勝ちたいって思うのは、近くにいたからなんですよね。あれが今まで仲間じゃなかったら、別にこんなに重たい感情は持っていなくて「上野って、すげえ!」で終わっていると思うんです。それを超えたいとかはなかったはずで。近くで一緒に成長した仲間だから…1年以上離れていますけど、本当の仲間だからこそなんですよね。
  • 今いるDDTのメンバーで頑張ってきて、
    今が一番幸せなんだぜ!ってなりたい

    ――2年前の夏の両国と同じメインということは、この時代のDDTにおけるブランドカードになったと言えます。2年間で2度、両国のメインを任せることになるわけですから。自分絡みのカードがそこまで来たことに関しては、どんな思いですか。
    MAO それを言ったら、2年前の苦しさを思い出します。あの時って、トーナメントに優勝しての両国メインという流れで、1回戦がポイズン澤田JULIEですよ。澤田さんを超えて、そのあともいろいろ超えて、DDT初進出の2009年の両国を見てDDTのレスラーになりたいっていう夢を見た自分が、その夢の舞台のメインイベントに立つというので、いろいろ背負いすぎていたというか、DDTの過去をすごく背負っちゃったんです。MAO・上野という新しい時代にならなきゃいけないプレッシャーがすごくあって。DDTの歴史の中でHARASHIMA・KUDO、飯伏・ケニー、竹下・遠藤という(時代の)流れがあって、その中のMAO・上野にならなきゃいけないんだっていう意識がすごく強かった。そうやって過去と闘っていたのかもしれない。あの時は、DDTらしさのようなものがすごく自分を苦しめていたんです。それから2年が経つ中で去年のSUPER Jr.で思ったのが、MAOは誰がどう見てもDDTの選手なんだ、DDTのMAOというものになっているから「俺がDDTだ!」と思えて、過去がどうこうっていうのを止められたんですよね。今の俺は何も背負っていないっていうのは、そういう意味なんですけど。過去の両国のメインイベントとかも自分の中ではどうでもよくて。つないできてくれた先輩たちや、過去の試合に感謝しなきゃいけないのは大前提であって、俺は2年前にそれをたっぷりやったし、今もそこを大事にしていないわけでもない。でも背負わない。背負っても自分が苦しいだけだし、そんなことをしなくても俺がDDTだから。過去に対してどうこうはやめて、現在のMAOと上野の闘いがDDTだって自負しているぐらいです。
    ――2年前の一騎打ちを「上野・MAO時代の始まりにしたい」と言っていましたが、こうしてつながったということは実際に築きつつあるのでしょう。その実感は得られているものですか。
    MAO そこに関しては手応えというか、そうなっているよなとは思っていますけど、それって自分で言うのは恥ずかしいじゃないですか。
    ――言っていいとは思いますけどね。
    MAO いや、それはやっぱ人から言われたい。自分で言ったらちょっとシャバいよなっていう考えで、ある時に誰かから言われたら、それはそうだなって感触として持てるものでしょう。もちろん上野勇希の時代であることは間違いないと思っていますけど、そこにMAOの名前があるかっていったら、自分はまだ疑問かなっていう。本当に今、みんなが頑張って若い選手もいっぱい目立ってきている中で、MAO・上野、上野・MAOの時代というようにまだ自分はそこへ並べている気がしないので、勝つことで初めて並ぶ。
    ――あとは、一つの形として最高峰のベルトを獲得すると。
    MAO そう、巻いて団体の象徴にならないと。俺がそうなれば、上野勇希時代というのはみんなの心にしっかりと刻まれているので、上野・MAOの時代が来たと、やっと言えるんじゃないですかね。これで俺がベルトを巻けなかったら、まだ上野の時代ですよ。
    ――あと少しですね。
    MAO 2年前にやりたかったことまではあと少しです。まあ、今やりたいことは全然アレですけど…もっとみんなで楽しもうぜ!って感じですね。
    ――とはいえ、今の時点でも上野vsMAOというカードがブランド力を持って両国のメインを2回務めることができるわけですから。
    MAO そうですね、こうやって指名してもらって、またメインイベントという形である意味、上野勇希が望んでこれが実現するわけで。何を思ってのこれなのかというのは、あとあとのインタビューとかで知られたらいいんですけど。
    ――聞いておきます。指名した時のマイクでは、東京ドームへ向かっていく中で、自分たちでDDTの面白さを見せなきゃいけないという意味でのMAOだと言っていました。
    MAO やっぱり生え抜きですからね、俺も上野も。上野はもう10年か、俺は11年。DNAの中でも、もうDDTにいない人が9割で、その中でMAO・上野でずっと一緒にやってきて、純血DDT育ちの2人でメインをやるからこその意味は絶対にあると思うんです。それができなかったらDDTである必要はない。
    ――フリー選手や他団体の大物に頼ることなく。
    MAO ちゃんと自前で両国を埋めて、その先にあるのが東京ドームだっていう考えが上野だと思うので。もちろん今は海青、隈取団長、桜庭大翔とプロレスの外からお客さんを引っ張ってきてくれる人たちもいますけど、そこにおんぶにだっこじゃいけないんですよ。本当にありがたいんですけど、初めてプロレスを見にいくからわかんないっていうそのファンの人たちもキッチリとプロレスファンにしての、いざ東京ドーム。俺は本当、無理じゃないと思っているし、プロレスラーである以上は、DDTという団体でここまで来た以上は東京ドームでやってみたいです。それが一生に一度の思い出になったとしてもいいからやりたいですよね。ALL TOGETHERで日本武道館に出た時にもDDTでまたここに戻ってきたいなと思ったし、いろいろ夢はあります。ステップアップしていくさまをファンのみんなと一緒に見たいし、みんなで夢見て上がっていきたい。だから東京ドームっていうのは、それぐらいのことを言っていかないとダメですよ。
    ――ざっくりとした言い方をすると、今回の上野選手からの指名は東京ドームに向けて両国国技館を埋めるための切り札がMAO戦だということで、これまで以上に両国を満員にしなければならない使命があるという現実的な話になります。
    MAO そう、それはあるんですけど後楽園を満員にできる回数が増えてきて、新宿FACEも完売が多いし、名古屋も毎回完売しているように両国を埋められる要素はたくさんあるはずなんで。そこはあまり気負うと自分ダメなんで、なんか知らんけど上野vsMAOでメッチャ入ったわっていう感じになったら嬉しいですし、そうなるよう頑張りたい。でも、チャンピオンとしてそこをちゃんと考えているんですよ、上野勇希は。俺も考えていないわけじゃないけど、なるようになる精神が強くて、そこを自力でどうにかしようとするのが彼のすごさ。だからあいつが頑張っているから俺ももっと頑張らなきゃいけないっていうメンタルは常日頃もそうなんです。こう思わせてくれる相手もなかなかいないですよ。それを考えると、出たとこ勝負はできないですよね。
    ――それって、すこぶるライバルじゃないですか。
    MAO 試合をする中でのライバルはいくらでもいますけど、こんなに日頃からそう思わせてくれるライバルは上野勇希ただ一人です。ライバル、いっぱいいるんですよ、阿部史典とか、それこそマサさん(高梨将弘)…CDKっていうのは俺のタッグにおける永遠のライバルなんで。でも俺の私生活まで脅かしてくるのは上野勇希だけで、すごい影響力があるんですよね。
    ――MAO選手のように個を確立していて、俺は俺なんだという揺るぎないものを持っている人間がそこまで影響を受けていると聞くと、意外な気がします。
    MAO そうなんですよ。でも、おそらく思われている以上にちゃんと負けたくないと思えていて、それで頑張れる。あの背中の後ろにある背筋を見ただけで負けたくねえ!って思うし。俺は人と同じ分野で競うというより、人の持っていないところの穴をついていくタイプなんですけど、なんかそこに関してはあえて真っ向から勝負してみたくなるんですよね。それだけずっと一緒にいたからだとは思うんですけど。
    ――それを思うと、このタイミングで両国のメインを2人でやるのは必然だったのでしょう。
    MAO あとで振り返ってみてどう思うかッスね。今は渦中だから、5年後とかに実はMAO・上野の時代だったよねってなるかもしれない。なんでも渦中ってわからないものじゃないですか。振り返ってみたらそうだったみたいなこともいっぱいあるし。まあ、みんなでいい思いをしてDDTが盛り上がって、選手、若手、スタッフまでみんなでいい思いができたらそれでいいと、昔からそのマインドですね。
    ――そこは自分だけではないんですね。
    MAO 自分はDDTのよくない時代というか、苦しいであろう時代…サイバーエージェントに拾われる前の髙木さんが毎月ヤバいヤバいって言いながらミーティングをしているところを見ているんで。振り返っても、いろんな選手が離脱していった中でやっぱり今いるメンバーで頑張ってきて間違いじゃなかったんだぜ、今が一番幸せなんだぜ!ってなりたいんですよね。それだけプライドを持って11年間、DDTでやってきていますから。髙木さんもHARASHIMAさんもディーノさんもだけど、みんなプライドを持って何十年とDDTをやってきているわけで…もうすぐ30周年ですからね。僕、DDTと同じ1997年生まれなんで、DDTの周年イコールMAOの周年でもあるんですよ。来年30周年のタイミングで無差別級を持っていたいよなっていうのもあるし。
    ――KO-D無差別級にちゃんと向き合うのは三十代になってからと言っていましたが、そこに突入します。
    MAO もっとどっしりと構えてやれるのはそれぐらいかなって思っていたら、別に今でもどっしり構えてやれるしって思えるようになりました。それぐらい自分の中でもいろいろと仕上がってきている。とはいえ上野勇希はもう誰が見ても仕上がっているんで、お互いにベストな状態。8月11日の両国国技館は、確実に2年前と違うものになります。

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