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【インタビュー】阿部史典バチバチインタビュー「知り合いがみんなトップ戦線でやっている。そいつらとケタケタ笑いながら喋れている状態でありたい」

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  • 8・30後楽園ホールで佐藤大地を退け、KO-D無差別級2度目の防衛に成功したMAOにいざなわれる形で姿を現したのは、格闘探偵団・阿部史典だった。さまざまなリングを縦横に行き交う中で実績を重ねてきた阿部だが、DDTの最高峰に挑戦するのはこれが初めて。お互いが「ライバル」と目す者同士のタイトルマッチで、阿部がやろうとしているのはどんなプロレスなのか。(聞き手・鈴木健.txt)
  • 奇天烈なところに召喚されると、
    そこにはMAOさんがいる

    ――MAO選手との出逢いは最初のリング上になるわけですか。
    阿部 その前からどこかで顔を合わせていた気がします。明確な記憶はMAOさんが(プロレスリングZERO1)天下一Jrに出た時、その最終戦で対戦したやつですね(2019年9月14日、後楽園ホール。日高郁人&阿部史典vsヒデ久保田&MAO)。あとはネイチャーランドオムでやったキャンプ場プロレスとか(同年9月2日)、バーレスクとか(2023年2月23日、MAO&勝俣瞬馬vs髙木三四郎&阿部史典の路上プロレス)、そういう奇天烈なところばっか…普通じゃないところに自分が召喚されると、そこにはMAOさんがいるみたいなのが多いんです。
    ――BAKA GAIJINも含めて本当にそうですよね。
    阿部 だから、ちゃんとした…ちゃんとって言ったらアレだけど、DDTの本道、246号線は名古屋のUNIVERSALタイトルマッチ(2024年9月8日、名古屋国際会議場)ぐらいというイメージ。
    ――その中で、面白いやつがいるなという引っかかりはあったんですか。
    阿部 そう、発想が面白いって思いました。キャンプ場やバーレスクの時って、大喜利合戦みたいな部分があったと思うんですよね。今日はどんなことをやってやろうかみたいな。そういう気持ちを何個か持っていくところがあるんですけど、やっぱりMAOさんの場合は身体能力があるんで、僕ができない“上の動き”ができる。
    ――立体的に動けるということですね。
    阿部 僕は地に足がついた動きしかできないんですけど、立体感を出せるのはやっぱりDDTの選手だなと思います。飯伏さんやケニー・オメガさんのような空間アーティストをDDTは創りあげてきて今、そのトップにいるのがMAOさん。海外でトップを張る人のタイプですよね。だから、あの時点でアメリカインディーとフィットするだろうなと思っていました。
    ――その「ちゃんとした」UNIVERSAL戦はどのようなものとして残ったんですか。
    阿部 あのタイトルマッチは、DDTからのオーダーだったんです。「土日空いてますか?」って来たんで、空いてますって返答したらタイトルマッチが組まれたという。なのでどっちが望んだというものではなかったんですけど、自分とすればタイトルに挑戦できるのはチャンスだしありがたかった。実際に闘ってみたら、まあ頭を使うカロリーの高い試合で大変でした。でもそういう試合ができたことで、数少ないライバルのうちの一人なんだろうなとは思いました。
    ――ライバルは数少ないんですね。
    阿部 同年代となると限られます。それ以上にこの試合に関して残ってしまったのが…前日が大阪で前哨戦だったんですけど、そこでMAOさんのソバットを受けて、ビュって口から塊のようなものが出ちゃって。
    ――……
    阿部 だけど試合中だから動きって止まらないものじゃないですか、そのあとMAOさんが蹴ってきたのをドラゴンスクリューで切り返して、これでごまかせたなと思って客席を向いたら、お客さんが全員引いているんです。それで「あ、バレたな」と思って、そこからはもうソレでしか語られなくなった。翌日のタイトルマッチも、今も触れられるのってそこじゃないですか。ところが幸か不幸か、その引っかかりによる影響力が絶大だったんです。タイトルマッチが終わってからもいろんなところで「あれってホンモノなんですか?」って聞いてくる人もいれば「見ましたよ、吐いたところ」ってリアクションがすごかった。それで、髙木さんってバズるとか回るとかそういうのを重視するじゃないですか。あそこで吐いたことによって、まさに髙木さんが求めるような現象を生み出してしまった…って、語っている僕自身もそこしか話していないし。
    ――あの日って、試合直前に何か食べていたんですか。
    阿部 そんなことなかったんです。あれはMAOさんのソバットに体が反応してしまったんじゃないかと思っているんですけど。さらに、それによって脳内にすり込まれたのが、吐きやすい人間になっちゃったんです。今はもうないですけど、あそこから半年の間に地方大会で2回ぐらいやっています。
    ――そうだったんですね。最悪なシチューションではありますが、バチバチスタイルでは「よだれを垂らしながら立ち上がってくる人間こそがカッコいい」と常々言っている阿部選手的には…。
    阿部 ここまで来たか、ですよ。使い手というか、汗、涙、鼻水、よだれ、場合によっては血まで流してきたのがバトラーツの先輩方ですけど、俺は嘔吐の域にまで達した。しかもそれが数字につながったというか、こういう引っかかり方があるんだという驚きですよね。
    ――それを拾ったMAO選手もMAO選手ですが。
    阿部 あれは拾わざるを得ないですよ。でも、結果としてそれが試合の取っかかりにもなったんで偶然の副産物というか、やっぱりナマモノだなと思っていました。自分はプロレスをやるにあたって物事を考えていくタイプじゃなくて、歩いていく中で見つけるというか、即興で動いて面白かったらいい。たとえば客席に面白いお客さんがいたらその人と一緒になんかやっちゃうようなものが好きなんですけど、その意味での一つ最高な形だったのかもしれないです。
    ――MAO選手が保持していたDDT UNIVERSAL王座の挑戦者として声がかかったということは、DDTに認められたからこそですよね。
    阿部 そこは確かに嬉しかったです。ましてや今回はKO-D無差別級となればDDTのメインイベントを任されるわけで、スポルティーバでプロレスを始めて12年経って、DDTが作る煽りVが流れたあとにタイトルマッチをやるというところまで来たのを改めて考えると…あの日(MAOに呼び込まれる形で挑戦を表明した8・30後楽園)の帰り道に、本当に「うわー!」ってなりました。僕の中では高梨さんと(木髙)イサミさんの試合のイメージが強くて、それ以外にも若手の頃とかBASARAの時も見ていたし、宮本裕向さんとかずっと追いかけている先輩たちがタイトルマッチでやっているのを見ていたんで。自分の近いところにいるインディーの選手が挑戦していく姿を見ていたのが、そういうところに自分も立てるというのがね。そこはだいぶ緊張しますけど、半分は嬉しい気持ちもある。
  • 内なる石川雄規的なものと
    髙木三四郎的なものの配合

    ――KO-D無差別級というタイトルに価値は見いだしているんですね。阿部選手はどちらかというとタイトルにこだわらない活動を続けているじゃないですか。
    阿部 その通りで、こだわってはないんですけど、結果的に形が見えてくると「来たな!」みたいな感じになりました。意識して生活していなくても、そうなるものなんだなって。
    ――これに勝てば、阿部史典がDDTという団体の最高峰へ立つことになります。
    阿部 僕のようなプロレスラーはいただいた仕事をやって、必ずそれ以上のものを返すというところでコツコツやるしかない。それをやっているのがすごい!とかじゃなく、王手飛車角というところまで来たんだっていう。そういうのが言葉になって、文字になって表されるとそうなんだなあって思います。MAOさんとやることになってから改めて今のプロレス界を見渡してみたんですが、昔から仲の良い青柳優馬(全日本プロレス)とか、たとえば稲村愛輝(プロレスリング・ノアのYoshiki Inamura)とか、ダマン(GLEATのエル・リンダマン)とか、最近だったら海外で仲良くなったYuto-Ice(新日本プロレス)とかは、団体がどことかじゃなく自分が普通に知り合いで仲良くなっていった人たちで、そういう人たちが見渡してみるとみんなトップ戦線でやっている。MAOさんもその一人だし、団体を盛り上げようとしていたり、引っ張ろうとしたりしているのを見ると、みんながそういうことをやるトシだよなと思って、自分もできる自信があるわけじゃないけど、こういうチャンスが巡ってくるならやるしかないなってなるんですよね。やれるのにやらないのは絶対によくないんで。自分はけっこう「いやいや、僕なんて…」みたいな感じで生きてきているんですけど、そういう考えはやっぱり変わってきています。それは、今あげたやつらに負けたくないという思いよりも、そいつらとケタケタと笑いながら喋れている状態でありたい。あいつらよりも自分が全然ダメだったら、媚びているように思ったり思われたりするかもしれないと僕は思っちゃうんで。仲が良かったり、なんらかのつながりがあったりする相手と普通に喋っていたい。それにはこいつらよりも面白くありたいっていうのは、今回のタイトルマッチが決まったことで改めて思ったことでした。
    ――MAO選手よりも面白くありたいですか。
    阿部 そうですね。そこは試合を通して一緒に面白くしたいです。そう思ってはいたんですけど…あの日(8・30後楽園)って秋山さんと組んだじゃないですか。秋山さんって僕が若手の頃に全日本でいろいろ教えてもらって、無免許状態でプロレスのルールさえも知らずに雑用やセコンドとかわかりもしないでやる中で、厳しいながらも教えてもらった。そこはけっこう基礎の部分だと思うんですけど、その秋山さんと組んだ時にその頃のトラウマって言ったらアレですけど、恐怖感が残っていて。もう大丈夫だろうと思ってやってみたら試合に関してはまったく昔の感覚はなくて、やりやすいっていう言い方は失礼ですけど、秋山さんっていいなと思ったんです。昔はこの先輩、いつか絶対に…みたいに思っていたんですけど、リングの上だとすげえ!という感覚になって、ちょっとかかっちゃったんですよ。
    ――秋山マジックに。
    阿部 そうそう、あの頃の感覚に。それで試合が終わって一息ついて、メインのあとにまたリングに上がるとなると、試合のテンションじゃないからうまく口が回らないじゃないですか。あの時に言ったことって、恥ずかしいから振り返らないようにしたんですけど。
    ――面白いことというより、マトモなことを言っていました。
    阿部 それが秋山さんと組んだ影響だったんですよね、あとで改めて思うと。DDTでしかできない試合ってあるじゃないですか。どの団体にもスタイルの社風みたいなものがあって、そこのお客さんたちが好きなものとしてある。そのDDTでしかできない、MAOさんとしかできない試合をしたいということを言えばよかったのに「負けねえぞ!」みたいな勝負論一点張りで。もちろんプロレスはそこだと思うんですけど、インディーってそうじゃないところで引っ張る部分ってありますよね。だから僕は削り合い、殴り合いが大部分としてある中で5%ぐらいはデタラメな気持ち。それを持っていなくちゃいけないのに、秋山さんにかかっちゃって。だからあの日は相当に悔しくて、なんていうか、全日本チックなものに引きずられたなという思いが残った。それはそれで全然正解だし、それも僕は好きなんですけど、MAOさんとやるのであればそこを前面に押し出したくはないなというのがあるんで。そうは言いながらも、本番の1日前になったら「これはもう、勝ちにいくっしょ!」みたいなメンタルになっているかもしれないけど、インディーで積み上げてきたものを考えると…やっぱり僕は髙木さんを通した上でDDTを見てみたいというのがあったし、それはインディーの選手だからであって、そういう部分で闘いたいんです。
    ――それはMAO選手もDDTのファンも阿部史典に求めていることだと思います。
    阿部 僕にとってのDDTって、澤さん(一般人・澤宗紀)が髙木さんと変態大社長をやっていたところからなんで。そのあとBASARAをやめて髙木さんから連絡が来て「チーム煩悩大社長をやろうよ」って声をかけていただいたところからの始まりですから。その流れって、みんなが子どものままなんですよね。DDTの母体自体は、どこにも引けをとらないものになっていて、俺たちもすごいんだ、負けていないっていう気持ちがあるのはもちろんなんですけど、それを子どものままやっている。その一番が髙木さんだと思うし、僕から見てもそのデタラメさがすごく魅力的で。
    ――合っていたんでしょうね、DDTと。
    阿部 そうですよね。やっぱり僕はバトラーツが好きなんですけど、それだけではない。石川雄規的なものと髙木三四郎的なものが自分の中で一緒に存在している。
    ――ものすごい配合です。
    阿部 でも、石川さんからするとDDTは「人間と人形がプロレスをやるなんて反吐が出るぜ!」みたいなことを言うかもしれない。僕もそういう感覚を持ちつつ、人間と人形がやるプロレスの要素も備えていると思うんですよね。それが日々入れ替わる。
  • 無差別級のベルトを獲ったら
    超日本に持っていきます

    ――楽しそうでいいですね。そこは髙木三四郎を入り口にして入ってきたのがよかったと思います。
    阿部 僕だけじゃなくみんなも言うと思うんですけど、髙木さんって圧倒的じゃないですか。面白いものに対していろいろ考えるエネルギーが本当にすごいと思う。あんなのできないですよね。
    ――超日本プロレスなど、その最たるものですよね。ノリが完全に子どもだけど、それを大人たちがやっている。
    阿部 あんなに心地いい客層、ないですよ。四十代・五十代で、グッズ文化がない時代の人たち。ポートレートなんてなかった頃から見ていて「もっと硬くいけよ」みたいなことを言える時代の掲示板世代。2ちゃんねるよりももっと前からインディーを見ている皆さんが集う場所ですよ。
    ――2ちゃんどころかプロカフェやニフティサーブの時代ですよ。
    阿部 mixiの日記で試合リポートをせっせと書いていたような人たちが嬉しそうに見ている空間。
    ――今のDDTとは明らかに異空間ですよね。
    阿部 僕はそういう世代にも今のファンにも、どっちにも響く試合をしたいといつも思っていて。けっこう右と左に分けちゃうんですけど、どっちにも引っかかるプロレスを心がけているんです。「あんなもん、ニセモノだろ」とか言いつつも、細かい動きを見て「今の、いい動きしてんじゃん」とか物知り顔で言って楽しんでいる人にも、そんなことを気にせず面白いなと思って見てくれる人たちも楽しめるプロレスが一番いいと思っていて。だから凝り固まらないようにしているつもりではいるんですけどね。
    ――格闘探偵団をやっていながら、どのリングにも上がっているのを見ればそこはよくわかります。MAO選手との無差別級戦は、DDTvs超日本の対抗戦として見てもいいものなんでしょうか。
    阿部 あのおじさんたちを背負いたくないですよ!
    ――背負ってください。
    阿部 でも、MAOさんもそうなんでしょうね。どちらも押さえられるような。だからトップに立っていられる。
    ――本当はMAO選手って、超日本向きですもんね。
    阿部 そこがすごいと思うんですよね。僕は年齢で物事を見ることってあまりなくて、同期だとかトシが上だの下だのっていうのはまったく気にしないんですけど、今言ったような価値観においてもライバルだとは思うので…うん、やっぱり負けたくないって思っちゃうんですよね。石川雄規が言う世間との闘いを、手を組んで一緒にやる感覚? 変に世間かぶれすることなく、ちゃんと自分の積み上げた考えや意識で勝負するみたいな。それこそインディーを突きつけるという意味でMAOさんとは同じ方向を向いていると思うんで、だからこそのライバル。
    ――もっとも近いところでは今年の3月17日にBAKA GAIJINでシングルマッチをやっているんですよね(12:55、MAOの勝利)。
    阿部 普通に屋根に登ったりもしていましたけど、けっこうレスリングしていました。それより終わってから控室で初めて長時間会話したんですけど、そこで見る目が変わりましたね。団体のトップに立つ人間、プロレスで飯を食っていくと決めた同世代として、やっぱり考えているんだなと思って。
    ――その5ヵ月後には、本当にトップへ立つという。
    阿部 あの両国も…まあ、すごかった。この前のTAKAYAMANIA EMPIREも見ましたけどDDTって「DDTです!」っていう試合をやるじゃないですか。生命力みなぎる運動量がプチプチッ!としている。横も縦も動きがすごくて。もしも自分が若い時に見ていたら、こういうプロレスはあまり好きじゃないとか、自分がやっているプロレスとは違うみたいな感覚を持ったかもしれない。二十代の尖っている時期って、無駄なメラメラが止まらないじゃないですか。団体に所属していないと、来るオファーを待つしかなくて、それが来ないと何もできないから、目に入ったものに対し「こういうプロレスは…」って毛嫌いする時期が正直あったんです。でも今は違って、こういうのがDDTの今のプロレスであり、お客さんが見たいと思って集まっているんだなって。それをしっかりと両国国技館やTAKAYAMANIA EMPIREのような場で提供できるっていうのは、すごいと思っちゃうんですよね。そのすごいと思った直後にこれが実現するわけで、そうなると自分が積み上げてきたプロレスもあって、MAOさんはそれもわかっているだろうから、とことんひけらかしてやろうと思います。
    ――両国前にMAO選手へインタビューした時に、話の流れの中で「たくさんいるライバル」の中で具体名として出てきたのが、高梨将弘選手と阿部史典だったんです。MAOというプロレスラーの中に、ちゃんと阿部史典は存在している。
    阿部 それは嬉しいですね。要所要所でしか当たっていなくて、一緒に闘う機会もないままなのに、僕の方が一緒に闘っている気持ちでいるんですよ。それは仲が良いとかそういう次元じゃなく、上とも闘うし下の突き上げとも闘う世代なんで、お互いにケツを叩き合う。MAOさんにしても青柳優馬にしてもそういう感覚。阿部史典って、どこでやっているかわからないじゃないですか。
    ――いろんなリングに上がっているので、今日は日本のどこに、世界のどこにいるかがわかりづらい選手ですよね。
    阿部 それ、よく言われるぐらい試合をさせてもらっている中で、僕は僕にしかないやり方でそいつらと闘って、ケツを叩き合うしかないんで。
    ――1年を通じてそれほど絡んでいるわけではないのに、お互いの頭の中にちゃんとあるという関係性は、なかなかのものだと思います。
    阿部 だからこそ(MAOに)失望させたくない。
    ――名古屋のスポルティーバでプロレスラーになった人間が、DDTの後楽園ホール大会でシングルのメインを務めるというのも大河ドラマです。
    阿部 DDTのホールのメインって特別です。僕の中ではイサミさん、高梨さん、澤さんと、こうして並べると今のファンにはもう世代が古いのかもしれないけど、そういう方々と同じ場所に自分が立つのかっていうのは、名古屋にいた時は考えたことさえなかったですから。彰人さんも入江(茂弘)さんもまったく手の届かない人たちでしたからね。まさに、最初に言った「来ちゃったな」です。でも、やらなきゃその先はないんで…これ、言い出しづらかったんですけど俺、MAOさんに一回も勝っていないんですよ。それを引きずることに意味はないんで、別に引きずってはいないんですけど、やっぱ勝ちたい。
    ――勝つためのデタラメなことをやっていただければいいと思います。
    阿部 ちゃんと勝ちにつながるデタラメなことをね。まあ、行き着くところはバチバチになっちゃうとは思いますけど。俺はなんのためにプロレスをやっているのかっていったら「バチバチ」という死語を世界のプロレス共通言語にして、それで飯を食うために広めるんですから。石川雄規がいて、池田大輔がいて、澤さんとか原学さんが出てくるバチバチの歴史本があるとしたら、そこに出てくる選手になりたいんで。
    ――現時点で確実に出てきますよ。
    阿部 あ、そっか。だとしたらあとはその布教活動をして、やりたいやつを増やしていきます。
    ――MAO選手は「自分はこういうスタイルをやっているけど、僕の好きなプロレスは殴る蹴るですから」って以前に言っていたんです。まさにバチバチ。
    阿部 だとしたら、やっぱり最後はその勝負になるな。
    ――無差別級のベルトを獲得したら超日本プロレスに持ってきますか。
    阿部 もちろん。おじさんたちを喜ばせますよ。「スマホの使い方がわかんねえんだよ!」っていうおじさんたちにガラケーで撮らせますから、それをmixi日記に書いてね。

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