12月4日エディオンアリーナ大阪第一競技場で開催される「大阪オクトパス2016~浪花節だよプロレスは~」。そのオープニングアクトを一緒にやってもらうために高木三四郎は、かつての憧れの存在である越前家俵太さんを大捜索。高木はなぜ越前屋俵太さんにオープニングアクト出演を依頼したのか。(聞き手・歌代総統)
――そもそもですが、高木大社長はなぜ越前屋俵太さんを大阪オクトパスのオープニングアクトのために呼んだのでしょうか。
高木 これは僕の中学・高校生にまで遡る話なんですけど…。
俵太 遡りすぎ!(苦笑)。
高木 越前屋俵太さんって、ご本人を目の前にして言うのも何なんですけど、すごい狂っていた方だったんですよ。路上でいきなりシャンプーし出したりとか、とにかく路上でおかしなパフォーマンスをやっているという印象がすごく自分の中に残っていて、「TV-JACK」(越前屋俵太のデビュー番組。伝説のコーナー「俵太の大きなお世話」はコーナー視聴率、深夜番組では前代未聞の12%を誇った)もそうなんですけど、俵太さんの出ていた番組はわりと見ていたほうで、あとオールナイトニッポンも。何曜日でしたっけ?
俵太 火曜日の二部。とんねるずのあとかな。
高木 深夜3時から5時までKBS京都でやっていたので、学校があっても関係なく聞いていて。生き様がカッコよかったし、不良っぽい部分もあった。人生の先輩みたいな。
――不良っぽい部分ですか。
俵太 不良ではなかったんですけど(笑)。
高木 オールナイトニッポンの細かい内容までは忘れてしまったんですけど、いつも「世の中がこうで…」みたいな説教を延々とされていた時間帯があって。わりとそれに感銘を受けたというか。
俵太 そんな真面目なこと言ってた? 覚えてないなあ(笑)。
高木 あと、オールナイトニッポンも第二部だったから、下ネタ的なものもあったと思うんですよ。そういうところも、すごく刺激的でしたね。よく近所にやってはいけないことをやってる、教えてくれないことを教えてくれる、ダメなお兄さんがいるじゃないですか。
俵太 社会的になんの地位もないんだけど、どこか近しい、憧れの存在みたいな。
高木 そうです。(俵太さんは)そういう存在だったんです。
――高木三四郎の青春時代を直撃したと。
高木 直撃でしたねえ。それで青春時代を通り過ぎて、30代も通り過ぎて、今や40代も半ばになってしまって。30代で始めたDDTって初めは好き勝手に、怒られるだろうということしかしてなかったんですよ。若い頃に影響を受けていた人を自分もマネていたというか、ここまでならできるだろうと、どんどんやらないようなことをやっていったんですけど、40代半ばになって、所帯も大きくなって。何がきっかけというきっかけはないんですけど、この3年間でプロレス界にいろんな事件が立て続けに起こったじゃないですか。プロレス界がコンプライアンスを順守するようになって、僕自身が表現の自由にブレーキをかけるようになってしまったんです。
――攻めか守りかでいうと守りに入った。
高木 守りに入ってしまうと自分もバカをやり切れなくなってしまった。「ああ、あの頃に戻らなくちゃな」と思っていたんです。
――そのタイミングで俵太さんだったわけですね。
俵太 “越前屋俵太”っていうのは一言でいうと「怪しかった」んだよね。
――怪しかった?
俵太 関西の芸人さんは吉本か松竹か、だいたい所属が決まっていて、まあレスラーでいうと新日系か全日系。でも僕は「何この人?」みたいに思われてた。試合はやっているんだけど、どこの所属なの?だいたい彼はプロレスラーなの?みたいな、とにかく怪しい存在だったんだよ。なんか違うぞこいつはみたいな。早い話が素人だったということですよ。
――素人?
俵太 “越前屋俵太”というのは素人が初めてテレビに出て売れたパターンなわけです。本当はプロになりたければちゃんと入門しなきゃいけないんだけど、(自分の場合は)学生プロレスやってる奴がいきなり新日本のスーパージュニアに出たみたいな感じだった。使っている技もみんなと違ったし。
――プロになろうと思わなかったんですか。
俵太 素人でも10年、20年それなりにやり続けるとプロになってしまうんですね。ところが“越前屋俵太”はプロにはなりたくなかった。究極のアマチュアリズムが“越前屋俵太”だったんです。このままやっていたらプロになってしまうと思ったから、アマチュアのままでいたいと思った“越前屋俵太”はいったんブラウン管から姿を消してしまったんですね。
高木 DDTも同じようなもんですよ。誰が師匠かわからない、どこでプロレスの練習をしてきたのかわからないような人間が3人集まって団体を旗揚げして、それからも学生プロレスから青田買いをしてどんどん人を入れて。まともな人なんていなかったんですよ。
俵太 僕はDDTのそういうところが好きだったのかもしれないね。誰にも言ってないけど、実は高校の時にプロレス研究会を作ってました。その高校の中でジャーマンスープレックスを投げられたのは僕だけ。それもちゃんとへそで投げてた。そのままホールドできたぐらい、プロレスが好きだったんですね。まあ本業と関係ないから一切言わなかったんだけど、だから当然、高木三四郎という名前も知っていたし、当然DDTも知ってました。
高木 それで去年、大阪の知人の方から、Facebookのメッセンジャーに「越前屋俵太さんがDDTのことを褒めていましたよ」というのを見た瞬間に「なんで越前屋俵太さんがDDTのことを知っているの?」と思ったわけですよ。全然プロレスのこともしゃべらない方でしたし。
俵太 そりゃあプロレスのプの字も僕はメディアで言ってないからね。
高木 そうなんですよ。だから俵太さんがDDTのことを知っているというだけでびっくりしちゃって。ちょうど去年の大阪オクトパスの時に「俵太さんもぜひオクトパスにいらっしゃってください」と言って、来ていただいてお会いしたのが初めてだったんです。
俵太 僕は僕で「高木さんが俵太さんのファンみたいですよ」と言われて、「えー!?」ってなったんですね。テレビに出ているからみんな知ってて当たり前なのかもしれないけど、「そうなんだ! 知ってくれているんだ!」ってなって、それはそれで嬉しかったんですよ。
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