ファンタジー路線誕生以降のDDTは確実に変わった。何でも思い切りやるようになったし、中途半端なものがなくなったんだ。もちろん、たまに外すものはあるけど、0点か100点かの、その思い切りの良さでここまで来たんだと思う。
少なくともポイズン澤田JULIEは今も未来もマネできない、一つのジャンルだったんじゃないかな。あのファンタジーはメジャー団体もマネできないだろうし、今のDDTであれをできるかと言ったら、たぶんできないだろう。それは今のプロレスのトレンドが、リアリティーや等身大のあるものを求めている傾向にあるから、ここまで世界観のかけ離れたものを受け入れられる土壌にないと思うんだ。
でも、あの当時はファンタジーを受け入れる土壌があったんだよ。みんなプロレス格闘技路線に疲れていて、アメリカン・プロレスの人気に火が付き始めた時期だったんだけど、そこでDDTはファンタジーを使って先を行き過ぎてしまった。
それはいいか悪いかは置いておいてプロレス界に「ここまでならやってもいいんだ」という暗黙の境界線を生み出したと思っている。PSJがいたから、男色ディーノもヨシヒコも許されたんだろうしね。マッスル坂井の作りだした『マッスル』なんてファンタジーだらけで、あれはヒドいと思うけど、“やったもん勝ち”だから。このコラムを読んだ人はピンとこないかもしれないけど、このことはプロレス史に刻んだ重大な1ページだったんじゃないかな。
マムシデスマッチでカルト的人気を博した澤田さんは一時期プロレスから離れていたこともあって、最後に試合ができればいいという感覚でDDTに上がったと思う。でも俺らからしたら、ヒクソン・グレイシーと闘った木村さんと同じ一番知名度のある人だったし、キャリアもあったし、女性人気も高いかったからね。そういう部分でDDTにマッチしたんだよ。
それでも澤田さんからは契約更改の度に「必要なくなったら言ってくれ。その方があきらめつくから」とずっと言われていた。でも、DDTというより、俺個人として所属でいてほしかったからね。澤田さんのコンディションもあって出場機会が減って、もう体の部分でできないという申し入れがあったから、残念だけど引退を受け入れることにした。11・25後楽園大会で引退試合を行うけど、澤田さんには「お疲れ様でした、ありがとうございました」としか言えないよ。
DDTがここまで大きくなったのも澤田さんのおかげだし、DDTの歴史を変えた功労者だからね。これだけ長期間に渡ってファンタジーを築いたのはポイズン澤田JULIEだからだよ。今後、ああいうキャラクターは出てこないと思う。なぜなら“やったもん勝ち”だから。もし、二番煎じをやろうとしている人がいたとしたら、それはデリカシーがないか、頭がおかしいかのどちらかです。(この項おわり)



