DDTロゴ
DDT

第14回 PSJとファンタジー路線②

この記事をシェアする

    • 99年7月13日の東京・板橋産文ホールで、マスクマンの黒影が篠さん率いるネオDDT軍に買収され、タッグパートナーだったスーパー宇宙パワーを裏切ってしまった時に“事件”は起きた。スーパー宇宙パワーが突如、マスクを脱ぎ捨てて激怒。素顔になった木村さんが“宇宙語”の声色ではなく、野太い地声で「高木、テメエのやりたいことはこんなことなのかよ!」と怒りをブチまけたんだ。

      さらに木村さんに腕を捻られた黒影が「アーッ!!!!」と叫ぶと、リングサイドにいたプロレス専門誌の記者さんが「肩の骨が折れる音がした」とか言っているし、お客さんが見事なほどサーッとドン引きしてしまった。もうファンタジーと現実の境界線がグチャグチャになってしまって、興行として大失敗に終わってしまった。

      本来のプロレスにこだわる木村さんが見せた俺様のエンターテインメント路線への怒りはファンにも飛び火して「だからDDTはこういう興行をしちゃダメだ」「高木、MIKAMI、貴がボコボコに殴られるサディスティックプロレス路線でよかったのに、エンタメ路線なんてつまらない」「木村さんはエンタメ路線をやりたくなかったんだ」という意見が噴出。ロクに大会を見ていないマスコミにまで「一生懸命さが売りのDDTがこういう安易な方向に走った」と批判的に書かれたよ。

      この頃、エンタメ路線を一足先に展開していたFMWがリングにAV女優さんを上げた時も、ファンの否定的な反応が大きかったように思う。俺様はこの路線でいくなら「エロ」と「グロ」は避けるようにやろうとしていたんだけど、あの一件だけとっても当時のエンタメ路線に対する世間の風潮もまだまだだったし、俺様の針も振り切れず、探り探りやっていたからね。それが裏目に出てしまったんだと思う。結局、木村さんの件は『木村浩一郎に会いたい』というバカバカしい映像を作って、オチにしたんだけど。

      一方で、当時の大仁田劇場をシャーク土屋さんがやったりした、パロディ的なものはウケていたんだよ。「こういうのだよなあ」と思っていた時、たまたま沢田研二主演の映画『魔界転生』をテレビで見ていた時、沢田研二が真田広之を魔界に改造するため、キスをするというセンセーショナルなシーンがあって、これを取り入れて映像で出したらおもしろいんじゃないかと思った。

      そう言えば「サワダ」って名前のレスラーがいると白羽の矢が立ったのが、ポイズン澤田BLACKとしてDDTに参戦していた澤田さんだった。それ以前の澤田さんは旧ユニオンプロレスでマムシデスマッチを行なってインディー界で名前が知れ渡るようになり、それから西日本プロレスではエースとして活躍したんだけど、団体の消滅とともに業界からいなくなっていたんだ。

      スタッフと話していた時に、ふとしたきっかけで「澤田さんは何やっているんでしょうね」「じゃあ東京に呼んで、マムシのぬいぐるみを使ってマムシデスマッチとかやりましょうよ」という展開になって、99年から澤田さんをDDTへ招聘することになった。澤田さんもプロレスへの夢を諦め切れなかったんだよ。

      参戦初期は元気美佐恵さん(引退)に圧倒されてしまう存在だった澤田さんが、魔界転生として生まれ変わるために、リングネームをポイズン澤田研二にしようという動きもあった。これにNGを出した澤田さんから「だったらジュリーがいいな」という提案もあって、新たなリングネームがポイズン澤田JULIEに決定。旧ユニオン時代にマムシデスマッチで本物のマムシに噛まれているから、魔界転生ならぬ『蛇界転生』がスタートすることになったんだ。

      そして大会の煽り映像用に、シティテレビ中野の会議室にあった長テーブルを手術台にして、沢田研二っぽく変身した澤田さんが黒影を蛇人間に改造しようとキスをするシーンを撮影したんだ。でも、澤田さんだってかつて新日本プロレスに入門し、あのマレンコ道場でトレーニングしていた人だからね。ポイズン澤田JULIEというキャラクターをやる前は嫌々だった感じがしたなあ。(つづく)

    この記事をシェアする