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短期集中連載『佐々木大輔のボリビア旅日記』第3回

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    • 2日目の朝、食堂で僕を見るなり「ササキさんですか!?」と声をかけてきたチリ人レスラーのワンチューロは現地の日本語学校に通うほど日本文化が大好きで、ボリビアもチリもスペイン語圏だったため、通訳として大活躍しました。映像を通じて僕やウラノ氏のことを知っていたようです。

      この日もどこに行くかは知らされないまま、2時間待ちで5分出演というテレビ収録を2~3本こなしました。あっという間に夜になり、ホテルに帰ってくると、風邪と高山病でダウンしていたウラノ氏が少し回復していました。

      3日目、ついにアントーニオが早朝5時、ラパスの空港に到着。東郷さん、復活したウラノ氏、僕の3人で迎えに行きました。アントーニオは東郷さんと再会した瞬間からテンションMAXに。この日も朝からテレビでの告知活動でしたが、アントーニオはカメラを向けられるなり、ハルク・ホーガンのモノマネを披露。ワンチューロもカメラを向けられると豹変し、アントーニオのテンションに東郷さんまでつられてしまって、初日の宣伝と打って変わって大騒ぎとなりました。僕もテンションの上がった状態でしたが、それは朝のテレビ局にいたお姉さんが美人だったから。

      4日目は朝からラジオ収録がありましたが、スペイン語のできないウラノ氏とアントーニオは別行動でチラシ配り。午後からテレビ収録に臨んだわけですが、僕らとペルー人レスラーの5人がコスチュームに着替え、街のオヤジ達(長老の友人たち)の運転するハーレー風のバイクに乗り込み、街中を一周し、向かった先のスタジオで宣伝を行うというもの。ハーレーで街中を疾走しているところが撮影されていたのか、よくわからなかったです。

      それでもハーレーで疾走した僕らのテンションは最高潮。スタジオでボリビア人レスラーらと合流し、生放送なのか収録なのかもよくわからない中、12人くらいで告知をしていましたが、なぜか大乱闘に発展。アントーニオは東郷さんと最後の闘いとばかりに、「ダスティ!」とバイオニックエルボーをブチ込んでいました。出演後、プロモーターに「夜もテレビで宣伝する」と言われたので、興奮状態のみんなは口をそろえて「行くよ!」と答えていましたが、夜になると疲れてしまって、さほどテンションの上がらないまま、無難に告知を終えました。

      ちなみに今やお馴染みとなったアントーニオの「カリエンテ!」は、移動中に生み出されたものです。テレビ告知や大会で少し披露された程度でしたが、ボリビアの方には好評で、写真を撮られる時もアントーニオは「カリエンテ!」とポーズを決めるのでした。(つづく)

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