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短期集中連載『佐々木大輔のボリビア旅日記』第2回

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    • ラパスの空港は標高4000メートルちょっとのところにあり、飛行機から降り立った瞬間に空気の薄さを感じました。かつてのプロレス修行先であるメキシコの標高でも2200メートルぐらいだったので、次元が違います。僕らは宿泊先のホテルのあるラパス市街へ、悪徳レフェリーでタクシードライバーのリトの車で向かいました。

      ホテルにチェックインした後、僕らに待っていたのは大会PRのためのテレビ出演です。テレビでの宣伝活動自体はわりと簡単にできたようで、現地のプロモーターが放送局に掛け合い、着いたその日から大会前日まで連日、テレビ番組で東郷さんの引退試合を告知しました。

      ボリビアは放送局が多く、それこそ廃墟のような局から設備の整った局までピンキリです。初日は安ホテルのような作りで、“下の上”のテレビ局。東郷さんと僕、ウラノ氏が現地レスラーとともに出演しましたが、ニュースなのかバラエティーなのか、生放送なのか収録なのかもよくわからないままでした。

      4日間とも生放送とは聞きましたが、ある種のいい加減さを感じます。それでも大会の告知はしっかりやらないといけません。現地レスラーとレフェリーは、東郷さんがチェ・ゲバラを愛し、引退の地にボリビアを選んだことを説明していました。

      ホテルに戻って昼食のバイキングでは、鶏肉の骨をかじってしまったウラノ氏のサシ歯が取れるというハプニングが発生。さらに風邪が悪化し、高山病にも見舞われて、ついにダウン。本当にウラノ氏はついていません。

      寝込むウラノ氏をホテルに残し、午後から僕と東郷さんが2本のテレビ出演をこなしました。日本人は僕と東郷さんだけ。しばらく離れていれも師匠は師匠なので、緊張します。ボリビア入国前にメールでやりとりはしていましたが、東郷さんから近況を伝えられることはありませんし、僕からも聞き出せずにいました。ファンのみなさんと同じように、ブログで知るぐらいです。

      昔より年々会話ができるようになってはいますが、道中の会話は「寒いですね」「暑いですね」等の普通の会話程度で、引退のことなど差し迫った話をすることなく、初日を終えました。

      二日目。朝食を取りにホテルの食堂に向かうと、覇気のないウラノ氏を見つけました。どうやらホテルのW-Fiが6階までしか使えず、8階の部屋に宿泊しているウラノ氏はロビーまで降りて、連絡を取り合っていたようです。ちなみに僕の部屋は4階で、東郷さんの部屋は5階だったので、ウラノ氏は本当に運が悪い。この日は体調の悪いウラノ氏に水を買い与え、再びテレビでの大会告知に向かいました。

      ウラノ氏に代わって活躍するのが朝食時に合流したチリ人レスラーのワンチューロです。チリで東郷さんからプロレス技術を教わったワンチューロは、この引退試合のために、わざわざボリビアまでやって来ました。

      ワンチューロだけではありません。東郷さんと対戦したことがあるチリ人レスラーのアグレソールやペルー人レスラー、スペイン在住のメキシコ人レスラーも引退試合のために駆けつけたのです。彼らは東郷さんを「マエストロ・トーゴー」(東郷先生)と呼んで慕っていました。その光景は、東郷さんの世界一周のプロレス旅の成果のように思い、師匠の生き方がますますカッコよく見えて、尊敬の念を増大させるのでした。(つづく)

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