DDT真夏のビッグマッチ、両国国技館2DAYS(8・17&18)まで残り1ヵ月を切った。今回の2DAYSでは世間にもっとプロレスを、もっとDDTを発信したい。
俺様はつねに “対世間”というのを深く考えて実践している。それは起ち上げたばかりのDDTがプロレス専門誌に黙殺されたという経緯があったからだ。もちろん当時はプロレスの技量もなかったし、旗揚げするレベルにない団体をいくつも取り上げようがないという専門誌の事情もわかっていたけど、専門誌は世間にアピールできる一つのツールだからね。そこに取り上げられないのであれば、一般メディアに取り上げてもらってDDTをアピールしていくしかないと思った。
1999年末、イベントサークルにいたコギャルたちに見に来てもらったことをきっかけに口コミで広まって若い女性客が増えたんだ。すると「コギャルが見に来るプロレス」ということでテレビ局の取材が入ったり、一般誌がカラー8ページで特集を組んでくれたこともあって、DDTが広く認知されるようになったんだ。
今ではDDTも専門誌の表紙を飾るような団体になったんだけど、じゃあその専門誌がDDTという団体を始めた頃よりも勢いがあるのかと言えば疑問符が付いてしまう。出版不況に加え、プロレスというジャンル自体の人気だって危うい。3つあった週刊誌(紙)はこの10年間に一つだけになってしまったし、昔より世間に対する影響力が薄くなってしまったと考えるのであれば、世間に対してDDTだけではなく、プロレスが面白い、楽しいジャンルであることを広く示していかなければならない使命感に変わっていった。
プロレスと対世間を考える上で俺様の意識にあったのは今はなきハッスルなんだ。ハッスルは志が高かったし、やっていたことも間違いではなかった。実際、専門誌以外のメディアにも取り上げられて流行語大賞にもノミネートされたんだから、対世間という部分ではすごかったんだよ。なぜなくなってしまったのかという事についてはここでは割愛させてもらうけど、「芸能人がプロレスをする」ということが大前提であったために、プロレスに寄り切れてなかったことが原因に挙げられるんじゃないかな。
じゃあDDTの場合はどうすればいいのか。そのヒントになったのがコーエーさんの「戦国武将祭り」(2010年3・6&7、さいたまスーパーアリーナ)。そこに俺らも呼んでもらったんだけど、素晴らしいイベントだった。キャラクターは戦国武将だったけど、ちゃんとプロレスをしていたし、その脇を固める形で俳優さん、声優さんやアーティストさんのライブもあったし、それらがちゃんとコラボレートできていたんだ。あのイベントは俺様の理想形だったし、ああいう世界観を単純にやりたいと思った。それにあの現場にいた運営スタッフに俺様のイベントサークル時代の後輩たちもいて、これは俺様の悪い癖でもあるんだけど「だったら俺たちでもできるんじゃないか」と思ったんだよね(笑)。(この項つづく)



