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★DDTいれコミ情報★KO-D無差別級に挑戦する光留の心境

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    • DDT5・12大阪大会でHARASHIMAを下し、5・26広島大会でさっそく入江茂弘のKO‐D無差別級王座に挑戦する佐藤光留。「今のDDTのベルトの価値をわかっているのは、DDTの中では僕だけ。そういう人間が持っていたほうがいろんな使い方ができる」。光留の口から出てきたのは並々ならぬタイトル奪取への意欲だった。(聞き手・オフィシャル取材班)

      2013年、デビュー13周年での
      KO-D無差別級王座挑戦へ

      ――坂口征夫選手とのタッグ結成から5・3後楽園でのKO-Dタッグ王座奪取、そしてHARASHIMA選手を撃破してKO-D無差別級王座への次期挑戦権の獲得と、ここに来て一気に流れが来ていると思われますが、ご自身としてはいかがでしょうか。
      光留 1年単位で見れば去年がマイナスだとすれば、今年はそのマイナスを取り返すためによく走っているなと思います。DDTに継続参戦している選手として、ドラマティック・ドリーム・チームのメンバーとして、メジャータイトルも獲ったし、週刊プロレスの表紙にもなった。DDTのオフィシャルパンフレットの僕のプロフィル欄が全日本プロレスのことばかりということを差し置いてもですよ。そうしたらKO-Dタッグの前チャンピオンという低いハードルがパッと出てきて、気を付けながらソッと超えられたし、追い風はすごく吹いていると感じています。
      ――去年とは何が違うのでしょうか。
      光留 総選挙1位として出場した昨年の日本武道館大会は第1試合でガントレット(タッグマッチ)ですよ。変態團はいい。試合内容が良かった、悪かったも置いておいても自分の手ごたえを掴めるものではなかった。「こんだけ応援してくれている人がいるのに第1試合か」というのが相当大きかったです。僕、自慢じゃないですけど偶数の年って本当にダメなんですよ。もっと言えば中学時代の部活の時から、春~夏がダメなんです。
      ――春から夏は部活動の盛り上がる時期でもありますね。
      光留 なんなら学校行事も盛り上がります。でも僕の一番調子いいのは冬とか年末年始。
      ――どちらかと言えば、みなさんお休みの時ですね。
      光留 でも自分がダメだと思うこと自体がダメなんですよね。ダメだったのを何かのせいにしているわけです。本当に世の中にそういう要因があったとしても、佐藤光留という人生を歩んでいるたった一人のプレイヤーとして、そのせいにしちゃあいけないなと思って。そういう自分を変えるまでには時間がかかったし、そのきっかけが中澤マイケルを許しあったことも含めてDDTに出会ったことというか。自分が変わってきていると感じているのがこの2013年です。普通、「13」って不吉な数字じゃないですか。
      ――13番目の弟子、13日の金曜日、13階といった忌み数ですね。
      光留 僕は今年でデビュー13周年なんです。それに『ゴルゴ13』も好きじゃないですか。
      ――それは知らないです。
      光留 13って勝手に人々が不吉だと思っているだけで、それに打ち勝つ力って人間にはあると思うんですね。すべては一生に1回しかないですからね。「10」や「20」は区切りがいいだけで、僕は何一つムダにはしたくない。その一つとして「13」という、みんなが忌み嫌う数字のところで頑張るのが卑屈な僕っぽいじゃないですか。
      ――マイナスな要因をプラスに変えていく。
      光留 なんなら「42歳の厄年に家を購入したる」ぐらいですよ。5月ですし自分の中では一番落ちている時期のはずなんですけど、そこで応援してくれていれるファンのみなさんのおかげで自分を変えることができているし、その効果をいま実感しているところです。すごくありがたいというのもあるし、その期待に応えなきゃいけないというのもあります。
      ――何が要因で自分を変えられたと思いますか。
      光留 第1回の総選挙ですよ。あそこで自分が少し変われるんじゃないかと思うことができて、長い年月を経て変えることができたんです。昔の自分なら、入江と対戦して試合後にダウンした坂口さんをパッと助けにいけなかった。それに昔から世の中の女性は僕のことを嫌っていると思い込んでいたんです。
      ――卑屈ですね。
      光留 だから電車にも乗らなかった。パンクラスの広尾道場で練習があった時も、横浜から原付で移動していましたから。ちゃんと30km/hで。
      ――法定速度を守って。
      光留 電車に乗って僕が座っていると女性が迷惑なんじゃないかと。小学校の時からそういうコンプレックスがあったんですけど、総選挙で100人が100人、僕を応援してくれたわけじゃないんですけど、人が人に応援されることがこんなにありがたいものだ、尊いものだと。あれで人生は変わったと思います。変態團だって初めはコキ下されたわけですよ。
      ――一度は「なし」にされましたからね。
      光留 でも「本当に僕らが表現したいものはこうなんだ!」っていうものが変態團興行で見せられた。それは自分がスキルを磨いていたというのもあったし、運もあったし、流れもあったんですけど、何よりそれに共感してくれた人たちがたくさんいたことなんです。
      ――DDTに参戦する前も応援されていたんじゃないですか。
      光留 単に勝てなかったからじゃないですか(苦笑)。総合格闘技の戦績って50戦ぐらいやって23勝23敗4分けみたいな感じでしょう。そんなに負けていて総合を続けているヤツは今いないですから(苦笑)。まあ、そんなに負けても続けてこられたのは何かがあったからだし、そのあと鈴木(みのる)さんに「プロレスやりたいんです」って言って、「フザけんじゃねえ!」って寒空の中、半袖・短パンで2時間説教を受けたりしましたけど、翌日、鈴木さんの車の中で「どこの団体に電話しようか」っていう話をしている最中に、高木(三四郎)さんから鈴木さんの携帯に電話がかかってきたり。本当に不思議な体験でしたけど、人生にムダはないんですよ。例え、暗黒時代があったとしても、それを転換させるのも自分の力だし、やめなければ何とかなるんですよ。
      ――DDTで積み重ねてきたことの総決算が2013年、デビュー13周年の今だということですか。
      光留 もっと言えば15周年の時に「あの13周年があったから、今の僕があるんだ」と思えなきゃいけない。その先のことを考えたら、今のDDTのベルトの価値をわかっているのは、DDTの中では僕だけだなと。僕って活動する場所が広いじゃないですか。今度、才賀紀左衛門選手が昼に総合、夜にプロレスをやるとか言ってますけど、なんなら僕は “夜夜”で総合やった後、プロレスをやっていますからね。
      ――昼夜ではなく。
      光留 夕方の5時の時点でパンクラスのミドル級のトーナメントに出て、そのコスチュームのまま西調布に移動してガッツワールドで6人タッグマッチをやりましたらかね。それも大きな声で言うことじゃないですよ。僕の中では当たり前のことなんで。もちろん全日本プロレスにも出ているし、DDTは両国をやり始めた頃からのメンバーだし、週刊プロレスの表紙にもなったけど、割と無名なインディーレスラーに「そんなギャラでやっているんですか!?」って驚かれるぐらいの額で唯我自主興行なんかに出ているわけですよ。リング設営費込みで。だから、今のDDTのベルトを獲ることが、プロレス界でどういう意味を持つのか、この“広さ”で見るとよくわかるんです。僕は総合をはじめ、プロレス界をたくさん見ているわけですからね。KO-Dのベルトの価値だってわかっているし、そういう人間が持っていたほうがいろんな使い方ができます。

      プロレス界で一番バカについて考えてきた
      人間による入江茂弘のバカさ加減の検証

      ――今のチャンピオンはよくわかっていない?
      光留 教えても無理でしょうね。
      ――それはバカだからですか?
      光留 バカだからなんですけど、バカについても今年は色々と考えたわけです。
      ――“情熱変態バカ”として。
      光留 向こう(大和ヒロシ)は向こうでタッグチーム名について「俺は変態じゃない」と思っているかもしれないですけど、僕にかんしてもバカじゃないのに「バカ」と言われるわけです。
      ――癪に障るわけですね。
      光留 そのことを我慢してプロレス界で一番バカについて考えてきた人間として、今の入江のバカさ加減を考えると、そこに隙があると思うんです。
      ――どういうことでしょうか。
      光留 僕はプロレスを性行為だと思っています。バカなプロレスラーというのは、自分では何もできないという受け身の体勢を作っておけば、女の子が世話をしたくなるんですよ。要するに童貞であることを熟女に狙われている男の子と一緒です。本当は童貞じゃないのに、童貞のように振る舞っておけば「なんてかわいい子♥」となるわけです。
      ――お姉さんが教えてあげると。
      光留 かつ、入江は巨根なんですよ。体格に恵まれているんですね。これは彼が鍛えて努力したからなんですけど、何がバカって「こうやったらナンボでも女がワシに寄ってくんねん」と思っているんじゃなくて、自然と「あれ? おかしいなあ。バカなフリしたら、みんなが寄ってきてくれるぞ」というのを皮膚感覚でわかっているんです。だからバカとしては「天才になりきれないバカ」ですね。僕が接した中で“バカと天才は紙一重”なのは飯伏幸太と竹下幸之介。彼らは感覚が似ているバカです。
      ――なるほど。
      光留 でも僕は小賢しく頭がいいからバカになれない。このことを性行為に例えてみると…。
      ――またその例えになるんですか。
      光留 僕もバカなマネをしたり、天才のフリをしたけど結果、どちらも成功しなかった。それは本物のバカには勝てないんです。本物のバカに勝てないということは、本物のバカにもなれないということです。
      ――天才、バカで勝負したら勝てないと。
      光留 バカはセックスで人と人のつながりも感じられるし、セックスした方が気持ちいいに決まっている。じゃあ、どうやったら快感で勝てるのかと考えた時に、俺は世界一のオナホールになればいいんだと。あくまで比喩表現ですよ。
      ――辿りついた結論がそこですか。
      光留 釣りで千葉のダムに行きながら車の中で考えたんです。バカとは何か、天才とは何か。その結論がわかった時に海ほたるに車を止めて、ビュービュー風が吹く中、愕然としたんです。「俺は本当のバカじゃない。ということは本当の天才でもない。ただの小賢しいヤツだ」と。じゃあどうすりゃいいんだと思った時に、作り物の世界一になればいいんだと。総合の頃から言われていたんですけど、やっと自分の身の回りのこととしてわかってきたんですね。この育て方をしてくれた鈴木(みのる)さんには本当に感謝をしています。ただ「俺はオナホールになれと一言も教えてない」と言うでしょうけど。
      ――個人としてどう解釈したかですからね。
      光留 今、DDTの人たちってドラマにも携わったりしているじゃないですか。それは僕にできない。飯伏幸太がテレビにパッと出たら、そっちの方がいいじゃないですか。
      ――自分よりも。
      光留 そりゃそうですよ。32歳のハゲたおっさんがテレビに出て、どんだけプロレスを見に来る人が増えんねんと。美味しそうな料理の店とそうじゃない料理の店がテレビに出たら、美味しそうな料理の店へ行くに決まっているじゃないですか。
      ――卑屈ですねえ。
      光留 だけど、まずそうに見えて食ってみてら美味しいのは自分だという自信は絶対にある。もちろん、みんながテレビに出てくれるのはありがたいですよ。この間の大阪でも売店で横にゴールデン☆ラヴァーズが並んでいたんですけど、そこにファンの行列ができて本当に邪魔だったんですよ。
      ――邪魔って。
      光留 いや、本当に僕のところまで来ていたんで「オマエら邪魔。全員Facebookにモザイクかけて曝すぞ!」って言ったんですけど、僕を知らない人からすれば「この人は何言ってんだ、この人?」と。
      ――ポカーンですよね。
      光留 目の前には裸の女の人が描かれたTシャツを売っている自分がいるわけじゃないですか。「何この人!?」って思っているんですけど、僕の試合を見たり、僕のプロレス観を知れば、カッコいい選手がいるだけで見に行っただけでは得られない何かを表現できていると思うんです。だって、世界一のオナホールを目指しているから。僕は僕のやり方で一番になりたいですから。名前は言えないですけど、多くのレスラーみたいに「俺は変態じゃない。真面目に頑張っているんだ!」って世間に出たところで天才には勝てない。良くて2番ですよ。でも僕は一番になりたい。自分の持っている才能を崩してまで2番になるやり方だったら、生まれ持った生き方、透けた頭頂部を背負って僕は一番を目指していきたい。それが変態的な考え方なんだなと最近思います。
      ――まず入江戦です。
      光留 入江はまだ若いし、本当にバカな部分もあるけど、今は少し「バカな自分を利用しているだけ」だと思っています。だとしたら勝負は基本、勝つか負けるかだから五分五分ですけど、九分九厘僕の勝ちですね。
      ――もし本当のバカだったら?
      光留 それでも9:1で僕の勝ち。ただバカって「1」で強くなるんですよ。これは大和ヒロシという生きたデータが身近にいるんですけど、なぜ「バカ」という人を蔑む意味の言葉が用いられたタッグチームで上に行けたかというと、火事場のバカ力ですよ。切羽詰まったり、不利になった時に生きてくるんです。もちろん10回やれば9回は勝てるんですけど、1回という立場が彼を強くしてしまう可能性がありますね。

      伝説の広島でタイトルマッチ開催
      23年前から追い風が吹いている

      ――それでもタイトルマッチ開催の場所が出身地の岡山に近い広島というのも追い風になるのではないでしょうか。
      光留 中国地方と言う日本で一番マイナーな地域、なんなら「鳥取、島根ってどこ?」って言われてしまう地域に住んでいる人間であることを隠して恥じても、良くて二番にしかなれない。中国地方と笑われるなら、中国地方で笑われる一番を目指せばいい。これは関西人にも九州人にもないパワーですよ。もともと蔑まれている地域ですから。「岡山ってどこ?」って何万回言われたことか。
      ――そうなんですか?
      光留 それに関西地方が横だから関西弁も使えるし、下に広島県があるから広島弁も使えるわけです。鈴木さんに「オマエ、どっちなんだよ!」って怒られて「どっちでもないですよ!」って。
      ――岡山ですからね。
      光留 そこに生まれた人間ですし、広島も好きなんですよ。僕は特殊無線技師免許の最年少記録保持者なんです。
      ――そうなんですか。
      光留 9歳の時にその国家資格を広島で取ったんですよ。だから9歳の時から風が吹いているんです。だって、里歩ちゃんがデビューした次の年に特殊無線技士の免許を持っていたら、すごいって思いますよね。
      ――思いますね。
      光留 俺は持っているんですよ。その伝説を作った場所が広島なんです。追い風はビュービュー吹いてます。

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