DDTロゴ
DDT

★DDTいれコミ情報★復帰目前、平田一喜の心境は!?

この記事をシェアする

    • 若手勢の斬り込み隊長的存在の平田一喜が3・20後楽園で復帰する。一度は仲間割れ絡みとはいえHARASHIMAから3カウントを奪う金星を挙げ、ほもクロのオーディションを受けるなど今後の活躍が期待された矢先に右ヒザの前十字靭帯と半月板を損傷という重傷を負ってしまい、手術を決意。昨年の1月中旬以降、長期欠場を続けてきた。約1年に及ぶリハビリ&復帰に向けたトレーニングについてや離れていた間のDDTマットをどう見ていたのか、今の気持ちを聞いた。(聞き手・オフィシャル取材班)
      ◆
      ――平田選手は右ヒザの手術でこれまで長期に渡って欠場していました。それだけ大きなケガだったわけですが。
      平田 今回したケガで言うと、昨年の1・14大阪での彰人さんとのシングルマッチの時、なんかヒザがグギッてなったんですよ。ヒザの骨が動いた感じですね。それで「おやっ!?」と思ったんですけど、大丈夫そうだったんで試合を続けたんです。そうしたら、力むとヒザの骨が動いてしまう感じになってしまって、仕舞いには力が入らなくなってしまったんですよ。試合が終わった後に検査をしたら、ヒザの靭帯がほぼ断裂状態だったんです。
      ――ほぼ断裂って、すぐに手術しないとダメですよね。
      平田 そうなんですけど…8月に日本武道館大会が控えていたじゃないですか。どうしても出たくて最初は手術しないつもりだったんですよ。
      ――手術しないつもり!?
      平田 はい。担当医からも「靭帯は少しつながっているけど診断としては断裂ですね」とは言われたんですけど、会社に断裂と言うと「すぐに手術しろ!」と言われるので「損傷です」と軽いウソを…。
      ――軽くないです。
      平田 どうしても武道館に出たかったんですよ! リリースでは損傷ってなっていましたけど、診断としては「断裂寄り」だったと。
      ――断裂寄りっていうか、診断は断裂なんですよね?
      平田 そうなんですけど(苦笑)、以前から左ヒザも悪くてヒザ自体のケガにも慣れっこだったので、手術しなくてもいけるかなという謎の自信があったわけです。
      ――謎すぎます。
      平田 だからテーピングして1、2ヵ月休めば大丈夫かなと思っていたんですけど、冷静になって考えてみると、両ヒザが悪いままのデビュー1年そこらの選手もいないんじゃないかと。武道館大会だってもう一回やるかもしれないと思い直して、手術を決めました。
      ――こうして右ヒザの手術に踏み切ったわけですか。
      平田 いや、ついでに左ヒザも診てもらったら、ずいぶん前に前十字靭帯が断裂していることがわかって。よく骨がずれる感じがしたんで、薄々はわかっていたんですけど。だから断裂している両膝の靭帯を治そうと思いました。
      ――もはやプロレスどころでないですからね。
      平田 日常生活さえ危うくなってきますから。通常、両ヒザ手術の場合は片方にメスを入れたら、もう片方は1ヵ月後の手術になってしまうんですけど、両方ヒザをいっぺんに手術してほしいと病院にお願いしたんです。
      ――そういうのは可能なんですか?
      平田 何人かそういう人がいた、みたいな話を聞きまして。僕も「それでお願いします」と昨年の3月8日に手術したわけですけど、のちのち聞いたら、そんな人はいなかったようで、その病院初の両ヒザ手術だったみたいです。
      ――入院はどれくらいかかりました。
      平田 約1ヵ月ですね。それでも退院してすぐ元気に歩けるわけじゃなくて、数ヵ月はリハビリでした。
      ――その間にもプロレスラーに必要な筋肉は衰えますね。
      平田 下半身に関しては入院中に筋肉ゼロになったので、歩くための筋肉をつけるリハビリからスタートしました。術後はまったく動けなかったので、リハビリの初めなんて自転車のサドルをまたげないほど、筋肉が硬くなっていました。
      ――退院してからはプロレスラーとしての肉体づくりをやってきた感じですか。
      平田 そうですね。軽いウエートとランニングから始めて、ジミにコツコツと約1年ですね。
      ――その間のDDTマットについては…。
      平田 いや~……見れなかったです。自分より下の遠藤(哲哉)や竹下(幸之介)がデビューしたり、周りの若手が活躍しているのを見たりすると焦りや不安しか出てこない。でもヒザの状態が良くならない限りは何もできないですから。
      ――欠場中はスペシャルリングアナウンサーとして武道館大会に参加したわけですが、どういう心境で遠藤選手や竹下選手を見ていたのでしょうか。
      平田 リングアナウンサーとして参加できたのはうれしかったんですけど……やっぱり悔しいですよね。なるべく感情を殺していたんですけど、やっぱり悔しい。だからこの悔しさを忘れないために、携帯で写真を撮ったんですよ。
      ――写真?
      平田 武道館のエンディングを1枚。
      ――平田選手はエンディングの大団円の時にリングに上がっていない…。
      平田 (遮るように)そうなんですよ! それが悔しいというか悲しいというか。その時は精神的にキツかったですよ。この楽しい空間を目の前にして何もできないのかと。あの写真を見ると「何クソ! 絶対に伸し上がってやる!」と思います。
      ――それにしても1年間のリハビリというのは長いですね。
      平田 こんなに欠場すると思ってないですし、何度も心が折れました。でも、入院中の時はお見舞いに来る人がいない日はなかったし、友達からのメールも心の救いになりました。あと、久しぶりに会場いった時なんか、若手のみんなが笑顔で話しかけてくれたり。そういう時、僕にはDDTという帰るべき場所があると思ったんです。やっぱりDDTが好きだから、こうして1年間のリハビリに耐えられたのだと思います。
      ――高木三四郎大社長から何か言葉はありましたか。
      平田 今でも忘れられないのが、手術後にある程度歩けるようになって、初めて会場に行った時、高木さんの第一声が「おい、平田! ストレッチしたくねえか!?」だったんです(笑)。
      ――「歩けるようになったのか!!」ではなく、ベストストレッチの話だったと。
      平田 素敵な会社だと思いました(笑)。
      ――そんな平田選手も3・20後楽園で復帰戦を迎えます。
      平田 練習もバンバンやっていて動けているんですけど、本番のリングを迎えるまでは不安です。お客さんが応援してくれるのだろうか、今まで通りに動けるのか…不安は不安です。試合ができることは楽しみですけど。
      ――KUDO選手とのシングルマッチです。
      平田 復帰戦はシングルマッチを希望していました。パートナーもいない、シングルマッチという逃げられない状態で、自分がどこまでできるのか試してみたい。1年休んでいたからしようがないと思われる試合はしたくないです。欠場前よりも良くなっているぐらいに思わせたいです。
      ――ただ、チームドリフを筆頭に遠藤選手や竹下選手を含めて若手戦線は賑わっています。
      平田 今は完全に自分の居場所はないと思うんで、試合をこなしていって、はやく自分の位置を確立したいですね。もう一番下でもないし、ただ頑張っている試合ではダメ。若手から抜け出せるような試合をしていきたいです。まずは復帰戦です。
      ――再スタートですか。
      平田 1年も休んでいますからね。でも再スタートからロケットスタートを決めて上に行けるように頑張ります!

    この記事をシェアする