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【一夜明け会見】4・1後楽園で彰人vs入江が決定!「すべてぶっ壊すために帰ってきた」という入江は会見を途中退席。「僕が尊敬してた

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    • 26日、東京・御茶ノ水のホテル東京ガーデンパレスにて、昨日の両国国技館大会の一夜明け会見がおこなわれた。会見ではまず、司会の村田晴郎さんから今後の大会の決定カードが発表。両国大会でのアピールを受け、4月1日の後楽園ホール大会で彰人と入江茂弘が対戦することに。また竹下幸之介のKO-D無差別級王座12度目の防衛戦は、4月29日の後楽園大会でおこなわれることとなった。挑戦者は現在のところ未定。登壇した竹下は、前日の防衛について以下のようにコメント。「石川(修司)選手と闘った記憶みたいなものは、今朝起きて体の痛みで思い出したというか。当日はアドレナリンも出て、それで勝てた部分もあるし、高揚感、信じられない気持ちもあったんですけど。寝て、起きると本当に体が痛くて。紙一重の闘いだったなと思いますし、何よりもジャーマンスープレックスで一年半前のリベンジをできたことで、本当の意味で大学生レスラーとして卒業したんだなと思いました」。ここでいくつか村田氏から質問。

      ——ジャーマンスープレックスについて卒論を書いて、試合では実践という形になりました。
      竹下 僕自身、卒論を書きながら試合で実践してたんですよ。研究内容を試合で試して、研究内容をレポートに書いて提出してたんです。最後の最後、レポートのまとめができたんじゃないかなと。ある意味、新しいプロレスの見せ方というか研究の仕方というか。さすがに今まで、論文でプロレスを研究した人はいないと思うんで。力学的に解説できたことで、プロレス技っていうのがどういうものか伝えることができたんじゃないかなと思っております。
      ——石川選手、勝ちはしましたが強しといったところですか。
      竹下 そうですね。あの瞬間は僕が強かったかもしれないですけど、また一週間後にやったら結果は分からないと思いますし。一年半たって、僕も強くなった自信がありますけど、石川選手もとてつもなく強くなってて。「今が全盛期」という言葉に偽りはないなと。思いました。
      ——V11を達成しました。
      竹下 最多防衛記録を超えてからもしばらくたちましたけども、最長防衛記録も持ってるんですよ。持ってる日数。澤田さんが持ってる270日とかを(超えて)、今日で371日くらいじゃないですか。それもい自信になってますし。最年少、最多防衛、最長防衛と記録を持ってるんで、あとは最年長記録ですけど、それは20年後くらいの話なんで。記録を全部塗り替えたいと思います。
      ——試合後には「俺についてこい」と宣言しました。竹下選手をDDTのエースとして見ていい?
      竹下 それを決めるのはみなさんだと思うんですけど、僕はそのつもりでメインイベントのリングにずっと立ってますし。自分が信じた道を歩いてきて、一年半前に勝てなかった相手に勝つことができた。自分の道は間違ってないんだっていう、その答えというか確信を持てました。だから僕は、みなさんに「ついてきてほしい」という気持ちを伝えました。
      ——入江選手からの挑戦表明、それに彰人選手が異を唱えるという事件もありました。
      竹下 まず入江選手なんですけど、僕はずっと闘いたいって言ってましたし、このベルトを防衛し続けていると闘える日が来ると、そう信じて防衛してて。入江さんがどういう気持ちになっていたのか、会社と何があったのかは分からないですけど、僕としては闘いたい選手と闘いたいんで。プロレスラーとして惹かれる部分があるというか、かつて大阪プロレスのプロレス教室で一緒に練習していて、先に入江選手がプロレスラーになって、それを僕が追いかける形で。何度かシングルマッチをして。そういう中で、いつかは(防衛戦で)闘わなきゃいけない相手だなと思ってたので。だから入江選手と闘うチャンスが来るのは嬉しいんですけど、彰人さんがリング上で言っていたことも「そうだな」と。タイトルマッチを軽く考えてたかなと、それは反省しまして。彰人さんは彰人さんで何か変わろうとしているし、入江さんも大きな転機を迎えようとしてると思うんで。だから、いま僕は純粋に彰人vs入江というシングルマッチが見たいですね。

      ここで記者陣との質疑応答へ。

      ——4・29後楽園での防衛戦は、想定している挑戦者はいますか?
      竹下 1日の後楽園で彰人vs入江ってことなんで、入江さんが勝てば次の挑戦者として受けて立ちますし。でも彰人さんの強い気持ちも感じたんで。彰人さんが勝てば、僕が指名するくらいの心づもりでいますね。まだまだ闘いたい選手はたくさんいるんで。まだまだ防衛し続けたいと思います。
      ——昨日の大会全体に関してはどんな印象がありますか?
      竹下 ほぼほぼ全試合、ダークマッチから見させてもらって、全部は見れてないんですけど、結果を見た時に、僕も石川修司にリベンジ、セミで樋口選手がHARASHIMA選手からピンフォールを取るということもあったし、あとは梅田が坂口選手に勝ったりとか。世代交代まではあえて言わないですけど、それが今までのどの両国大会よりも出たんじゃないかなと思います。それは僕一人で変えれることじゃなくて、僕が変わることで周りも変わっていくと思うんで。それが一つ形になってきてるのかなとは思いましたね。
      ——石川選手からの挑発もあり、DDT外への意識もあったと思いますが、それを踏まえての変化はありますか?
      竹下 逆に、変わったところはないですね。自分が決めたことは変えたくないし、防衛してる間は信念を貫き通して。それが理解されなくても、自分の道を両国後も歩んでいきたいと思います。
      ——今後、歩んでいく道としてやりたいことは?
      竹下 人と同じことやるのが嫌なんで、そもそも。高校生レスラーっていうのもそうだったかもしれないし、レスラーになってたのにあえて大学に行くってこともそうだし。人がやってこなかったことをしたいんで。今後もいろんなチャレンジ、トライをしていきたいし。チャンピオンでありながらそれをするのもそうですし、それがDDTのため、プロレス界のため、竹下幸之介のためになるなら、だれも考えたことがないようなことをしていきたいです。
      ——具体的に考えていることは?
      竹下 いっぱいありますよ。でも口で言うと逃げていきそうな感じがするんで。それは内に秘めつつ。これから平日、学校に行かなくなるんで。その間にいろんなことをしていきたいです。一番はプロレスのこと考えてますけどね。

      写真撮影後、竹下が降壇。引き続き、対戦が決まった彰人と入江が会見場に。まずは入江がコメント。「(しばし沈黙の後)自分は、DDTをやめようと思ってました。今のDDTは、自分が好きだったDDTではなくなってしまいました。でも、それならすべてをぶっ壊してしまえばいいと思い、ここに帰ってきました。ここであらためて、竹下幸之介の持つKO-D無差別級王座に挑戦を表明します。横からゴチャゴチャ文句を言ってくるヤツがいるけど、挑戦に認める、認めないとか関係ねえだろ。アイツだって一番分かってるはずだ、そんなことは。自分の邪魔をするんだったら叩き潰すだけです。自分が言いたいことは以上です」。そう言うと入江は退席。一人残った彰人がコメントする。「今の入江さんはね、ああやって都合の悪いこと、嫌なことから逃げて。D王の時だってそう、昨日の両国だってそう、今日のこの記者会見だってそう。都合の悪いこと、嫌なこと、うまくいかなかったことから逃げ出してるんです。僕が尊敬してた入江茂弘って、ああいう人間じゃないんですよ。どんなことでも立ち向かう人間だった。僕が尊敬してる入江茂弘は、僕の中では死んだのかなって。急にいなくなったりとか、僕には理解できないし、もしかしたら彼なりの考えがあるのかもしれないけど、自分の口で語ってくれないから分からない。僕らが分からなければお客さんに分かるわけがない。そんな人間が、竹下のKO-Dに挑戦して、仮にチャンピオンになっても、面白い試合、いい試合は最低限の話で、何を発信できるのか。今この時点で自分の口で何も伝えられてない人間がチャンピオンになって、何か伝えられるのか。できないと思うし、そんな人間がチャンピオンになってほしくなっていう気持ちが強いので。今の入江茂弘にはKO-Dに挑戦してほしくないですし。もちろん僕だって、他の選手だってKO-D狙ってるんですよ。入江茂弘じゃないでしょう」続いて質疑応答へ。

      ——あらためて、ベルトや竹下選手への思いは?
      彰人 竹下とはいま組んでやってますけど、もともと同じユニットでもベルトをかけて闘うのもありだと思って組み始めたところもあるので。自分のユニットの選手がチャンピオンだからって、応援しようだけじゃないし。もちろん(ベルト)狙ってますよ。彼がそれを受けてくれるなら、会社がOKするなら、いくらでも挑戦したいですし。僕もいちプロレスラーなんで。DDTの頂点に立ちたいって気持ちは充分にあります。
      ——入江選手から「自分の好きだったDDTではない」という話がありましたが、この間に闘ってきた選手としてはどんな思いですか。
      彰人 彼が好きだったDDTって、どんなところを言ってるのか分からないけど、「好きだった」って過去を振り返ってもしょうがないじゃないですか。なんだって時間が進んで、変わるものは変わっていくし、それに自分たちが対応して、自分たちで作り上げていかなきゃいけないところがあるし。彼がそれに乗り遅れた、できてないだけで。今のDDTで自分が好きなDDTをいくらでも作れると思うんですよね。言ってることが子供じみてる。僕に言わせれば、僕が好きだった入江茂弘はもうここにいないし。なくなってしまったというのはありますね。
      ——以前、入江選手がD王にエントリーされなかった時の思いをブログに書いた際に、彰人選手もアンサーをブログに書いています。他の選手は触れなかったんですが、その時はどういう気持ちだったんでしょうか。
      彰人 単純にあのやり方が嫌だったんですよね。ブログの中で「自分が大好きなDDTは自分を必要としていなかった」みたいな書き方をしていて。自分が大好きなものを批判するのって違うと思うし。単純に思い通りにならなかったから言ってるだけなのかと。そういう入江茂弘は見たくなかった。あそこでエントリーされなかったら、ハングリー精神にして、違うベクトルでやってやる、違う切り口でやってやると言ってほしかったし。仮に「違う切り口でいくから海外で」とか、言葉で明確にしてくれたら分かるけど、あんなブログじゃ何も伝わってこない。周りを不安にさせるだけ。何が言いたいのかまったく分からなかったし。周りのみんなは思うところがあって何も言わなかったのかもしれないけど、誰かしら言わなきゃいけないだろうし、思ったことは言っていいって高木さんに言われてきたんで。ああやって反論したことは間違いじゃなかったって思うし、反論すべきなのは業界で一番付き合いが長い僕だったなって思ってます。

      ここで会見は終了。写真撮影は彰人単独でおこなわれることになった。

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