鈴木健.txt公開インタビュー「男色ディーノ×アントーニオ本多~マッスルの向こう側にはいけたか!?」の第2部としておこなわれたアントーニオ本多編を、男色ディーノ編に続きお届けします。2・19後楽園では敗れたあとノーコメントとあって、あの試合について語るのはこれが初めての場となるアントン。自分の思いをうまく言葉にできないながらも、なんとか伝えようとする姿勢が参加したファンに響いたと思われます。“…”と“……”の違いや、言葉になっていない声をひとつひとつ意識して読むことによって、より現場の雰囲気が味わえますので、ディーノ編との空気の違いも比べてみてください。
非常に喜ばしいコミュニケーション
これは法外な経験なんですよ!
――本多選手、第1部の男色さんのインタビューはご覧になっていました?
本多 いや、見てないです。
――そうですか。えー…2・19後楽園大会の試合後はノーコメントで控室へ入っていきましたね。
本多 はい、基本的に勝った時以外はしゃべりたくないですよね。負けた人が何をしゃべる?って感じじゃないですか。
――3カウントを奪われた直後にはもうリングを降りていました。すぐにこの場を去りたいと?
本多 え! あ、はい。
――どこを見ているんですか?(正面を向かない)
本多 いや、性分的にオーディエンスを意識してしまうんですよね。
――いないですよ、オーディエンスなんて。何をおっしゃっているんですか。
本多 ああー、そーゆー感じなんですか、これは? アッハハハ。いやいや、大丈夫です。――相手がディーノ選手であっても、そこで残ってそれ以上の会話を交わそうとは思わなかったですか。
本多 「連れて帰ってくれ」って、ウラノさんに言った記憶がありますね。自分の屍を長いことさらすなんて、恥ずかしいことだと思います。
――そうやって控室へ戻って、まずどんな気持ちになりましたか。
本多 ……いや、特に何もないですね、ハハハ。なんていうか、そんな早い段階では出てこないものなんですね。あのう、とりあえず、心の声を取り出していうなら「ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ!」っていう状態ですね。じっさいそうはなってないけど、心がそうなっているという意味で。
――心がゼーゼー言っていた。
本多 もう疲れた、でも大きなケガはしなかった気がする、でも血ぃ出てる…という感じですね。あとは「早く出てください」って言われました。撤収が近づいてまーす!ってね、ウハハハ。余韻に浸っている暇がない。早く片づけろみたいなね。
――あれほどの試合をやったのに余韻に浸る時間さえ与えてもらえないとは、因果な商売ですね。そこから2日が経って、じんわりとくるものがにじみ出てきていると思うんですが。
本多 えっと、我々はですね、毎回ではないんですけど、今回はそういうケースだったんですけど、大きな試合があった夜は寝れないんですよ。そして、試合の全行程がずーっとリピートされるんですよね。これは佐藤さん(ディック東郷)とやった時もそうでしたが、そういう現象が起こるんです。だから3時、4時まで寝れませんでした。
――憶えているものなんですか、試合展開。
本多 憶えてるんですよ、はあい。なんていうか刻まれてるというか。別に何をしてるわけじゃないんですけど、コタツに入ってこう(ボーッと)してるだけなんですけど。ハタから見れば完全に危ない人なんですけど、ハハハハハ。
――記憶を思い起こそうとしなくても、浮かんできてしまうんですか。
本多 そうですね。ほかのことをやろうとしても、脳がそういう働きを常にしている感じ。めったにないですけどね。
――それはイコール満足度の高さですか。
本多 たぶんそうです。なんていうか…まあ、試合前って、どうなるかわかんないんですよね、人生といっしょで。試合が終わってみて「おお!」「いやー」「悪くないねっ」って。
――満足する?
本多 満足というより…意外? 俺の人生、何なんだろうみたいな、こう…起こったことが意外なんですよ。試合前の感覚と、試合ができた時の感覚の差が今回は大きかったんですよね。だから、これは本当に自分がやったものなのかな?と。客観的にも、今日起こったことがカメラでリピートされているように、俯瞰(ふかん)して見ているんですよ。ああ、やってるやってるって。今回は事前に…ああ、わかんないですけど、シングルマッチってそんなに多くないんで、いつもとイメージしているものが違っていた。そういうのが一年に1試合はあるんです。
――その違いというのは、いい意味ですよね。
本多 うーん、勝負論としては負けてるわけで、それをいいって言ってしまうとタマ無し野郎みたいじゃないですか。だから、そこはよくないんですよね。なぜなら、私がベルトを巻くべきだったわけですから。ただ、ただ! プロレスっていうのはひとつの夢のようなものなので…結果、ベルトを持ってないって現実が起きてしまっても、その夢の内容がすごく充実していたら、たとえせつない現実に返っても自分はいい夢を見たなって思えるじゃないですか。だから自分は、別にベルトを獲れないという現実が起きたとしても、その日見た夢はすごかったよなっていう感じですね。
――夢のような。
本多 だから、自分がやった気がしないんです。たぶん普段、自分が持っていると思っている力を超えたものが出てるんだと思います、はい。
――東郷戦のあとに、自分がやっていることを客観的に映像として追っているような感覚だったと言っていましたが、それと同じですか。
本多 前言ってましたか?
――パンフのインタビューで言っていました。
本多 まーじですか。同じことを言ってるわけですねーっ。すごいおもしろいことなんですよ。皆さんもやってみるといいんですけどね、プロレスを。これは…ちょっと法外な経験なんですよね、なんともほかにたとえようがないんですけど……エラいことだと思います。もちろん自分ひとりでやるわけじゃない。そういう経験を引き出すのに、今回の対戦相手が男(だん)さんだったからっていうのが…もちろんあるんですよね、はい。なんかビックリしましたね。自分の想像を超えてはいなかったんですけど、あの試合の男色ディーノ。でも、あそこまで自分のことを理解してくれるとは思わなかったんですね。
――理解されているということが伝わったわけですね。
本多 そのう、試合中のふれあいについてですけど。やっぱり、そういうタイプの選手なんですね。理解度が深いので。まあ、これも何回も使ってますけど、会話になっているんですね。お互いの傷つけ合いというよりは、何かこう…共通言語を持った感覚になる。そういうふうになる選手は限られていると思うんです。今回の男色さんはハートがある選手なんで。なんていうか、こう…クサいことを言うようですが結局、重要な局面で人はムキ出しになってしまうんですね。
――はい。
本多 ……。
――……。
本多 ……うん、だからその…ああ…ホントに…あの(目に涙をにじませる)…バレてしまうんですよ。その人がどういう人間かっていうのが。
――はい。
本多 だから、何が感動的かっていうと、それがバレた時に、この人いい人なんだと…ふぅ……。
――いいですよ、続けてください。
本多 ……ああ、いっしょにやってよかったなあと。そうい…う…気持ちになるっていう、ね。こらあ、法外な経験なんですよ。ほかのこの世にあるどんな種目といいますか、種目!? アッハハハ。コミュニケーションだ……の中で、我々がやってしまったことっていうのは、はい、非常に喜ばしいコミュニケーションのたぐいなんじゃないかなという、うーん。乱暴な言葉でいってしまうとですね…。
――はい。
本多 私の人生、最高ですね。
――……今おいくつですか。
本多 34です。
――34の時点で最高を迎えてしまったと。
本多 ワハハハ、これでもうあとはこう(下降線を描く)なんで。
――武道館があるのに。
本多 申し訳ないですけど、ちょっとクオリティーが下がった自分が武道館で。
自分は不老不死なんで数は関係なしに
あれは“最後の試合”だったんです
――人間、自分の人生において今が最高と言えるのはすごいことだと思います。
本多 とりあえず今回の試合は自分にとって最後だと思ってたんですよ。
――それは男色さんとの?
本多 いや、人生最後の試合。
――先はなし?
本多 先がないという意味合いの最後じゃなくてですね…最後の試合なんですよ。
――???
本多 完全に自分の中でしか理解できてなーい。たとえば数学ってあるじゃないですか。
――ありますね。
本多 1の次は2、2の次は3、論理的に考えると3の次は4なんですよ。こうやって順番で、たとえば70番目の試合が最後だとします。その70試合目が最後かと言われると、そうじゃないんですよ。論理的っていうのは、この机のようなもので(テーブルを叩きながら)ここから一歩(テーブルの淵から空間へ指をやり)踏み出したらあるのかないのかわからないじゃないですか。論理的に数を追っていっての最後という意味ではなく、この試合は自分にとっての最後だったんです。たとえば、人は死ぬ前に遺書を書くじゃないですか。もしくは死ぬ前に一番いい絵を描こうとするじゃないですか。それは数学的に一番最後の絵になるかどうかわからない。自分は試合に臨む…気持ち、といったら安っぽいですけども、ああこれ、最後の試合なんだなと。で、今もそう思ってます。これ、最後の試合だと思ってますね、はい。あのう…これ以降はないんですよ。
――あの…勝手な解釈で言っていいですか。
本多 はい。
――ラストシーンが先に来てしまったということですか。
本多 そういうことです。
――それならそう言ってくださいよ。
本多 イヤハハハ…いやいや、それは健さんの言葉でいいじゃないですか! ラストシーンというか、エンディングというか、そんな感じですね、はい。でも、そういうことをやってしまった自分もすごいと…あれ? なんでこんなに自分を誉めてんですかね。
――いやいや、誉める分にはかまわないですよ。
本多 あのですね…皆さん、物事っていうのは本当にやってみないとわからないものですよ。
――皆さんというのは?
本多 この(テキストの)向こうにいる数億人の中国労働者の皆さん。あれ、何しゃべってるか忘れた!
――すごい最後をやってしまったという話です。
本多 そうだ。要は、思ってもないものを作ってしまったなあという、はい。まあ作ろうとしたんですけどね。
――東郷戦と並べて…。
本多 あれも最後の試合ですね。最後がひとつとは限らないですから、数学的なものを取り除けばですね。
――数学否定派ですね。
本多 自分たぶん、不老不死なんで数学とか関係ないんです。不老不死だと順番が意味なくなるじゃないですか。そういうことです。最後の試合が何個あるか、ですね。
――ベストはひとつとは限らない?
本多 そういうことです。
――それほどの試合をやった相手であるディーノ選手が、1・29後楽園の試合後に自分を呼び込みました。その時に、マッスルという言葉を出されましたよね。そして本多選手は「ピンと来ていない」と答えました。あの時点では、なぜそこでその言葉を出したのか理解できなかったということですか。
本多 意識上にのぼしてないですからね、マッスルを。頭にない状態で急に言われてもピンと来ないのは当たり前の話で。いやいや、ベルトの話でしょ?ということですよね。だから、マッスル…えっ?みたいな。
――それを正直に口に出したと。
本多 気まずいことにね。
――そのあと、自分の口からバーッと出たのは別の過去のことでした。あれほどの勢いで出たのは、常々頭の中のどこかで思い続けてきたことだったんでしょうか。
本多 常にあるわけではないです。プロレスをやっていく上で、いずれ来るべきものだとは思っていましたね。でもそれが今来るとは思っていませんでした。
――来るべきものというのは、男色ディーノとのタイトルマッチという意味ですか。
本多 そうですね。急にKUDOさんに勝って、急にコロッと(あの展開)ですから、ついていけなかった部分もありましたよね。
――にもかかわらず、ああやって自然にバーッと言葉が出たわけですよね。
本多 まあその、男色さんを見ればね、リング上で。言いたいことを言うだけなんで。
――その言いたいことが、またドラマティックでした。
本多 たまたま言いたいことがある相手だったっちゅうわけで。あれが中澤さんだったらなんて言ってるかわからない。アハハハ。いいよ、やってやるよって言って終わり。
――それにしてもですよ、聞いているオーディエンスが頭の中にその情景がズバズバと浮かんでくるかのような、記憶のグルーヴ感がありました。
本多 そんなんでした? うーん。あれは、けっこう、みんな困ったと思うんですよ。
――困った?
本多 こいつ、なんだ? あれ???みたいな。長くない?みたいな。まあまあまあ…これがね、たとえばわたくしがレスラーじゃなかったとします。男色さんと似たような過去があってもプロレスとは関係ないとしましょうよ。それでなんか、その人に対しなんか気持ちがあったとしましょうよ。それ、いつ言います?
――……。
本多 本当だったら今際の際(いまわのきわ)がいいんでしょうけど。もうすぐ死ぬんで言い残しますみたいな。これはやっぱねえ、我々がしあわせなのは…言っていいんですよね、それが見せものになるから。見せものであること、それが照れ隠しなんですよ。なかなか見せものじゃないと本当のことって言えないじゃないですか。言うべきポイントとして、見せものだから言えるっていうのは、我々ラッキーなんですよ。隠れ蓑なんですよ。
――第三者に見られているから言える?
本多 自分としても、表現という隠れ蓑をまとわないと何も言えないんですよね。それを人に見てもらって悪くない効果を生むんであったら…あれは悪いことをした気持ちはないですね。「ぶっ殺すぞ」と言ったことも、本当によかったと思いますよ(噛み締めるように)。問題発言ですけどね。お客さんに対してぶっ殺すぞって言いましたからね。でも、あのう、ホンンントに申し訳ないですけど一ミリも後悔していないですね。
――あの状況でありながら耳に入ったんですね、長いよ!という声が。
本多 入りましたねえ。しかもね、腹立つ感じだったんですよ…オンナだったな。なんだと思って、いくかって。あれはない。
――どっちが?
本多 え? ああ、自分もないかもしんないけど。でも、結局はあれでいいんですよ。僕みたいな頭のおかしい人間が、みんなの代弁者だとか、マジョリティーだとかいうものにはなってはならないし、なれないし。多くの意見が「長い」でいいんですよ。だから噛みつけるじゃないですか。
――……あの、自分でも長いと思ったわけですね。
本多 (思わぬところを突っ込まれたという感じでハッとする)んとね、んとね、いやまあなんか、これ普通のDDTの締めのテンポではないなあと思いましたよ、アハハハハ。そりゃそーだなと。
――自分でも長いと思っていて、長いと言われて怒り出すというのも理不尽ですね。
本多 なんか興奮してたんでしょうね。
――あれはディーノ選手に対するパーソナルなメッセージだったんでしょうか。それをたまたま、見せもののシチュエーションで言ったのか。
本多 もちろん、我々は見せものですから。でも、極々私的なことって、口に出して言ってしまった時点で、ちょっと違うじゃないですか。本当に思っていることって、絶対に伝わることがないんですよね。わかります? 人に向けて言葉に変換した時点で表現なんです。だから、こうして健さんに自分の思っていることを伝えようとしゃべっていることも表現なんですよね。その表現の度合い、種類の差というか。いろんなマイクをする方がいますけど、そのリスクというか、一番いけないのはお客さんを騙すことだと思うんですよ。騙すっていうのは、具体的にいうといけない嘘をつくこと。自分をよく見せたいからっていけない嘘をついて、それに何も反省しない…よくないですね。だから…はい。難しいところですけどね。要は、たまたまですよ。たまたまああなっちゃったんですよ。
――そのたまたまが、よく伝わるものになりました。
本多 本当ですか? でも、あれを言った時はなんか伝わっているなというそういう感じじゃなかったですけどね。むしろ、この人●●●なんだって思われたなと思って。ちょっとヘコみましたけどね。
――ああ、思われたくないんだ。
本多 そりゃあね、なんか矛盾してますけどね。薔薇柄のワンショルダーとか着ておいてね。矛盾しているようですが、裏ではいい人みたいとか思われたいじゃないですか。これ、本当のところも●●●なんだーって、それはさすがに。
プロレスに感謝して闘うから大丈夫だ
自分ひとりではできないマジカルな力
――そういうことがあってタイトルマッチが決まったわけですが、やはりディーノ選手が出したマッスルというテーマの方がインパクトがあって、周りはそこにポイントを置いて見ていました。そうした中、本多選手はほかのテーマがあったと。
本多 テーマっていうのがまず難しいですよね。闘いですからね、僕はテーマよりも感情なんですよ。感情の面でいったらマッスルへの思いというのはやはりあるんですよ、あの場ではピンと来なかったですけど。そりゃあやっぱ、感情面ではあるわけですよ。
――ええ。
本多 それでちょっと、自分も控室で亡霊を見てしまってですね。
――見えましたか。
本多 あれ? うん。あれ? うん…いいのかと。ちょっと霊感が強いんでしょうね。あれはねえ、感極まったね。
――どれに?
本多 ちょっと、神霊と話をしました。
――ほう。
本多 いよいよ自分もイタコデビューかなと。恐山に就職するのかなとちょっと思いましたけど。
――いいですね、次の就職先が決まって。
本多 実技試験は通るなと思いましたよね。これはちょっと、あの場が極まってましたよね。あれはおかしかったなあ…それで、ああいう試合に…なるんでしょうね。ふぅ……。
―――……。
本多 試合前に…急に叫び出したんですよ、控室でね。で、煽りVが流れていてね、とりあえず、そこらじゅうにいる選手を抱きしめたんですよ。大声で叫びながら…ね(声が詰まる)。
――はい。
本多 ……(深呼吸)……(深呼吸)…あ”あ”あ”ーっ! いってくる! プロレスバンザ~イ!!って自分で言って4階(青コーナー側フロア)に上がってね。クライングウルフの4人がいる。煽りVが長い……寒い!
――そうそう、階段の踊り場だから寒いんですよね。
本多 寒いんで一回戻る! あれだけプロレス万歳!って言ってバーッと出ていった人間が、もう一回トイレいってきますって。テッヘヘヘ…ま、そんな感じですね。あとは皆さん、見てますよね。
――でも、おそらく同じようにだと思うんですけど、叫びながら入場してきましたよね。
本多 聞こえてましたか? あれはパジャマパーティーが始まっていました、我々4人で。
――すぐリングには上がらなかったです。
本多 曲のせいですね。曲に合わせてただけです。また入場が長いと裏で文句を言われようとも、僕のせいじゃないです。
――特に、入場に時間をかけて自分の精神を高揚させるというわけではなかった?
本多 出る前は何も考えませんから。
――そうだったんですか。その後、リングの中に立ち、ディーノ選手が入場してきました。向かい合った時の気持ちは憶えていますか。
本多 なんかねえ、いい顔してたんですよねえ…よかったなって思いました。
――その時点で。
本多 その時点というか、その顔が。これはいい対戦相手だなと思って。
――……そのあとは?
本多 ん? そのあと?
――ゴングが鳴ってすぐには組まずに、しばらく2人とも動かなかった。
本多 見てたんでしょうね、その顔を。いい顔だから。あとはなんか、始まんのかーみたいな。やれやれだぜ。
――始まってないのに、やれやれ?
本多 (スルーして)大変だなー。いやー、エラいことやってるなーって感じですよね。なんでこんな多くの人の中で半裸で闘わなければならんのだろうって。
――それ、今になって思うことですかね。
本多 今のはちょっと乗せましたけど、フフフ…(時計を見て)はやっ! まだ5分ぐらいしかしゃべってないと思いました。49分(経過)ですか!?
――組むまで、そして組んだあともお客さんの期待の大きさというか、期待の密度が濃くて、比喩的表現ではなく固唾を飲んで見つめている状態でした。
本多 それはあんまわかんない。意外とお客さんのことはわかんないですよね、ヘンなことを言われない限りは。
――長いぞと言われない限りは。その時点で、我々には聞こえない会話が展開されているわけですよね。それを交わしながら、どう思っていましたか。
本多 あんまり、どう思うっていう対象ではないんですよね。始まったな、あとはどうしようという感じです。まあ、悪い感覚ではないです。
――さっきも出た、離れたところから自分が出ている映像を見ている感覚なんですか。
本多 それもちょっと違う。それは、ないですね。闘っている時はプロレスリングをやっている、憑依していますね。
――本多選手が右ヒジを集中して攻める展開になりましたが、あれはやる前から想定していたのか、それとも流れの中でなったのか。
本多 自分、頭と右腕を攻めるっていうのを(考えていた)。
――それはなぜ?
本多 卍固めですね。決めた時に、それまでのダメージでそれ一発でギブアップを奪う。普段、右腕ってあんまり攻めないんですけど、ちょっと今日は勝とうと。
――自分の中では理にかなった攻めを続けられたと。
本多 まあそうですね。
――それで…アナコンダバイスなんですが。ビックリしました。
本多 ビックリしましたか。自分、初めてやりました。なぜか? だって右腕でしょ、頭絞れるでしょ、あとは…天山さん大好きでしょ。
――あ、そうだったんですか。
本多 大好きですよ! やらない理由ないでしょ。
――アナコンダバイスが出た時に実況席で言ったのは、アントーニオ本多はこの試合に、自分が通過してきたもの、経験してきたことをブチ込んでいると。通常出しているフィストドロップやパンチだけでなく、久々に出す延髄斬りやドラゴン・スープレックス、天山広吉と闘った時にギブアップしてしまったアナコンダバイス…と、すべてが“過程”でした。
本多 うん、うん。
――だから、アントーニオ本多という人間がプロレス界に入ってきて2012年2月18日までを走馬灯のように見ている感じがしたんです。
本多 そう見えますよね、最後の試合ですから。過程を男色さんにぶつけるという意識ではなく、最後の試合という意識でそうなったんでしょうね。正直、アナコンダバイスは出そうと思っていたんですけど…要はプロレスが好きなんですよ。で…感謝なんですよね。
――感謝?
本多 俺、コールされて男色さんの入場中に、矢野クンにつぶやいたんですよね。Twitterでつぶやいたんじゃないですよ。
――わかります。
本多 (笑ってもらえなかったので自分が苦笑する)ヘッへへ。耳元で「俺は今日、プロレスに感謝して闘う。だから大丈夫だと思う」って言ったんです。そうしたら矢野クンも「大丈夫だ。神様が見ている」と言ったんです。
――煽りVでは「神様はいないと思う」と言っていました。
本多 ……矢野クンがいるって言ったら合わせるしかないじゃないですか! そう言われて「でもね、神様はいないんだよ」と言ったら試合が始まらないですよ。
――その感謝というのは、この10年間ほど歩み続けてきたプロレスに対する感謝でしょうか。
本多 はい。
――それをあの試合に臨むにあたって。
本多 はい。だから大丈夫だって。
――……大丈夫でしたか、じっさいに。
本多 うん、うーん…うん。うん…大丈夫でしたね。まあ、勝負とは別のところで。なんかねえ、嘘っぽいんですよね。非常に…(声を高めて)よくやった!! よくやったと思うわ、うん。
――自分自身に?
本多 うん。お客さんもよかったね。結局、お客さんなんですよ。なんていうか、力を引き出すのは。意外とお客さんの方がそれを知らないんですよね。だから、長いよとか言っちゃう。あれで「いいこと言ってるぞーっ!」とか言われたら僕もアガるじゃないですか。プロレスはねえ、お客さんなんですよ。たとえばガランとしたところで2人でアレやったら、ああはならないでしょ。お客さんもいっしょにプロレスをしとる、リング上で闘っているわけ。綺麗事みたいなこと言っていいですか?
――どうぞどうぞ。
本多 自分であんなことができるわけがないんですよ、自分ひとりの力で。何かマジカルなものがあるんですよ。その経験は…なかなか悪くないですよね。
マッスルはキャストとして必要なら…
亡霊がしあわせであればそれが一番
――それこそプレイヤーの特権ですよ。試合中のディーノ選手との会話では、何が聞こえたんですか。
本多 第一に、ちょっと冷静になってみると男色ディーノはいいレスラーだなって思いましたね。
――いいレスラーにもいろんなタイプがあります。
本多 正直なレスラーですね。あと、嘘がない。うん…まあ、なんていうか……ショボい言葉しか出てこないんですけど、やり甲斐のある、闘い甲斐のあるレスラーですよね。
――戦前、ディーノ選手の方からとことん殴り合いたいという呼びかけがなされました。それはどう解釈しましたか。
本多 はい、単純明快に受け取って殴り合いました。
――あの殴り合っている瞬間というのは、東郷戦とは違うものでしたか。
本多 うん、近いですね。近いですね。闘うレスラーによってプロレスはまったく変わるものだし、むしろ変わらないといけないと思うからまったくいっしょじゃないんですけど、うーんまあでも、私の人生のハイライトじゃないですか。特別…でしたね。最後の試合だから当たり前なんですけど。
――終盤、動けなくなりました。
本多 あれね…あのね、なんか変なんですけど…拍手が起きた気がしたんですよ。自分の勘違いなんでしょうけど。
――いや、起きましたよ。万雷の拍手でした。
本多 本当ッスか? じゃあ、あってたんだ。あれこそ本当に俯瞰してましたね。魂があのへんまで(頭の上を指し)出て、現実論として俯瞰していたのかもしれない。だから控室で神霊が見えたんだ。
――自分から近づいたんですね。
本多 霊的なものに近づきすぎましたね。
――それは心地よさだったわけですか。それとも完全燃焼してシンドかったのか。
本多 それも上から見て「あ、最後の作品だな」って思った感覚です。
――結果としては…勝てなかったですね。
本多 ただね、悔しいとか言っておきたいでしょ、レスラーとしては。ちょっとね、困ってるんですよねえ。悔しいとかが…ゼロなんですよ。あーん、むしろ、まーだやんなきゃいけないな、ベルト獲んなきゃいけないなって。練習すんのかーって。あー、うーん…なんていうか、前を向いているんですよね。悔しーっ!て、後ろを向いているわけじゃないんですよ。最後だったはずなのに…はい。
――最後という答えを体感してしまったこれから、続けていく上でのモチベーションを持つのって難しくないですか。
本多 それはぶっちゃけ、佐藤さんの時も最後だと思ったんで、意外と何かあるかもしれませんよね。また幸運なことに、心ある選手がいろいろいますからね、近くに。まだ語り終えていない物語があるのかもしれないです。ああ…シンドいですね。早くイタコになりたいです。住所は恐山だから、年賀状は「恐山、アントーニオ本多」って書くだけで届くんでしょうね。
――イタコになってもアントーニオ本多なんですか。
本多 その頃にはイタコネームがついているかもしれないですけど。
――でも、イタコになるまではシンドい作業が続いていきます。
本多 不老不死ですしね…シンドいなあ。
――対男色ディーノというものに関してはひとつの答え、結論、区切り、形…といったものは見えたと思うんですよね。それはさっき言ったいいレスラー、正直なレスラーということですか。
本多 彼とはね、なんかあるね…やっぱ。能力という点では別なんですけど、なんていうか…よかったと思いますよ。生きてて…こういった形で男さんと2人でいっしょに深いところまで降りていけるっていうのはないんで…はい、よかったことだと思います。
――……。
本多 もっと聞いてください。
――昔、いっしょに住んでいた時、家賃1万円と光熱費しか払わなかったそうですね。
本多 はうっ!? えーっと、あー、ただ言わせてもらえると、メチャクチャ光熱費が高いんですよ。特に夏。あの男はね、エアコンを究極につけて、超あったかい布団を被って寝るんですよ。それで自分はドアをキッチリ閉めて、エアコンが入らないようにして、苦手なんで。隣の部屋17℃、こっち37℃という世界。
――同じ部屋なのに、ついたてひとつで20℃も差があると。
本多 ドアを開けた瞬間、竜巻が起こる。
――はー、17℃の部屋と37℃の部屋をルームシェアしていた人間が後楽園ホールのメインで闘った…いいドラマじゃないですか。
本多 んんん。
――北風と太陽みたいですね、現代版の。まあ、そんなドラマのあとにもプロレスラーとして続けていかなければ…。
本多 わかんないスよ。明日あたりイタコに…。
――だいぶ気に入ったようですね、イタコが。私は霊とか詳しくないんで、そんなに心霊や亡霊のたぐいと話すのが楽しいものなのかなと思うんですけど。
本多 亡霊はとにかく、子供がかわいい。
――亡霊に子供がいるんですか!?
本多 いる…らしいッス。
――そんな話までしたんだ、亡霊と。先ほど、ディーノ選手に聞いたらあの試合のあとに大石選手を連れて、2人だけで新潟に向かったそうなんです。本多選手は試合後、新潟方面にいきたいという欲求に駆られたりはしなかったんですか。
本多 ないです!
――本多選手がリングを降りたあとのやりとりで、武道館のダークマッチとしてマッスルをやることが決まったんです。ご自身としては、その中に入って何かをやりたいという思いはありますか。
本多 それはどっちでもいいですね。自分からは動かないですね。マッスルは…大変でしたからね。大丈夫なの?みたいな。また逃げきれんの?って。まあ、なんかしらやってくれるとは思いますけど、協力はします。もともとそういうものですからね、坂井さんがやっていることですから。自分らはキャストなんで、キャストとして必要であれば。終わってよかったとも思いますけどね。本当は武道館やって終わっていればよかったのかもしれないけど、ああいう終わり方でもなんの悔いもないというか。
――はい。
本多 だって亡霊、しあわせそうでしたからね。それが一番なんですよ。あの人がやってて、最終的にあの人がしあわせになればいいじゃないですか。(了)