超日本vs新日本の対抗戦が勃発! “エース”永田裕志がCIMAとの29年ぶりの一騎打ち制し、9・28新宿で小島聡とシングル戦へ
髙木三四郎がプロデュースする超日本プロレスが7月6日、東京・新宿FACEで「超日本ビアガーデンプロレス」を開催。“超日本のエース”永田裕志がCIMAとの29年ぶりの一騎打ちを制し、次大会(9・28新宿)で小島聡とのシングル戦が緊急決定。超日本と新日本プロレスのまさかの“全面対抗戦”が実現することになった。
前大会(5・27上野)で永田はCIMAとのタッグで髙木&ポイズン澤田JULIIEを撃破。CIMAが永田とのシングル戦を熱望し、永田が受諾した。CIMAは闘龍門1期生としてメキシコに渡り、1997年5月にデビュー。その2カ月後に米WCWのオークランド・ユニバーサルスタジオで永田とシングルマッチで対戦して敗れた。そして、WCWに遠征中の永田のウエイトトレーニングのパートナーを務めた縁があった。それから29年の月日を経て、巡り巡って、超日本のリングで邂逅したのだ。
序盤は両者じっくりとレスリングの攻防。CIMAは永田の左足にマトを絞っていく。永田はミドルキック連打、ダブルアーム・スープレックスで反撃。CIMAは足4の字固めで絞り上げ、串刺しダブルニーを連発。永田はナガタロックⅡで決めにいくもエスケープ。CIMAは腕取り式の変型首固めも2カウント。さらにはスワンダイブ式メテオラを発射もカウント2。永田はカウンターのエクスプロイダー、串刺しニー、バックドロップホールドとつなぎ3カウントを奪った。
永田は「CIMA、強かったよ。29年前とは全然違うよ。今まで君がいろんな修羅場をくぐってきてやってきたのが身に染みてよく分かった。どうもありがとう」と言うと、ガッチリ握手を交わして座礼。
CIMAは「永田さん、この終わりも近い新宿FACEで30年越しのシングルマッチやっていただいてありがとうございます。新宿FACEは9月をもって終わりを迎えますが、我々の戦いはネバーエンディングストーリーですので、また30年後。CIMAが79歳、永田さんはおいつくでしょうか?」と問うと、永田は「88歳、米寿の年だ」と回答。CIMAは「永田さん、88歳の永田裕志に79歳のCIMAが必ず挑みますので、それまで現役でよろしくお願いします」と30年後の再戦を願い出てリングを降りた。
一人残った永田は「どうしても言いたいことがある。その男は小島聡!」と呼び出した。小島がリングに上がると、永田は「この超日本プロレス、なぜ髙木さんがこの永田を呼んでくれたか。2024年いっぱいで俺は新日本プロレスの契約が終わるはずだった。そんな永田を使ってくれると、髙木さんが旗揚げしてくれた。結局、新日本の契約は延長されたけど、そんななか、俺は超日本の選手たちとともに、このリングを熱く燃え上がらせてきた。このリングを活性化させていった。この意地がある。そんな超日本のリングに、俺の姿がうらやましいと思ったのかしらないけど、ひょこっと上がってきて。やれバラモンだなんだって、やるのは勝手だけど、そんな簡単なリングじゃないんだよ。小島さんにとっては確かにカネは大事だよな。カネが欲しいのはよく分かる。でも髙木さんが資金を工面して、あなたを呼んでくれてるわけ。だから、そんな中途半端な気持ちでリングに上がってるようじゃ、俺は許さないよ!」と警鐘を鳴らした。
小島は「俺は13年前の8月からTwitter(現X)のDMで、髙木さんによかったら使ってくださいって言って来た。意外に定期的にやり取りさせてもらってきた。だからおカネがどうとかじゃなく、いやおカネだけど。とにかく使ってもらってありがとうございます。これからもDMします」と答えた。
髙木は「タイミングが合えば、何か一緒にやりましょうと言っていただきました。ひょっとしたら、そのタイミングが今かもしれません。永田さん、小島さん、次回の超日本プロレス、9月28日、新宿FACE閉館の2日前にあります。そこで白黒つけたらどうですか?」と提案。内田雅之顧問は「いいじゃない。こんなカード、超日本プロレスじゃなきゃ、もうやってくれないよ。小島vs永田のシングルマッチ、どうだ!?」と後押し。
小島は「俺は11年間、ゼアッチャンネルに出てるときも、ずっと永田裕志を倒したいと考えてきた。ということは、今度の新宿、いいんだね? やっちゃぞ、バカヤロー!」と受諾。
髙木は「決定です! 永田さん、今、超日本のエースじゃないですか。所属は新日本かもしれないけど、ここにいる全員は永田さんを超日本のエースだと思ってますよ。小島さんは新日本所属。ってことは、超日本プロレスvs新日本プロレスの全面対抗戦だ!」と断を下した。
最後はビアガーデンプロレスらしく、永田が「1、2、3、乾杯、ゼアッ!」で大会を締めくくった。
バックステージで永田は「CIMAもいろいろあって今必死に戦ってる人です。彼の気持ちは29年前以上に強いものがありました。CIMA選手の的確な攻撃にかなり削られました。最後は気力だけで勝ったというところでしょう。この超日本プロレス、ある意味、らしからぬ素晴らしい試合ができたと勝手に思ってます。超日本プロレス、いろんな戦いがあるなかで、今日、永田裕志の底力をかなり出せたと思います」と試合を振り返った。そして「ここ2回、簡単におカネが稼げると思って出稼ぎに来る男がいます。僕の同僚です。あえて名前は言いません。超日本は僕が約1年半かけて、盛り上げたリングだと自負があります。そうやって作り上げた超日本に小遣い稼ぎのために来る小島さんにひと言言ってやりたかった。彼にも反論があるようだけど、それをリングでぶつけようじゃないか。次回、しっかり往年の小島聡を引き出して、往年以上の永田裕志で倒したいと思います」と超日本を引っ張ってきた自覚をみなぎらせた。
小島は「2013年、髙木さんとSNSでやり取りをさせてもらうようになって。DDTさんにも定期的に使っていただくようになって。永田裕志がいるリング、シングルマッチができるチャンス、それは本当に密かに狙ってました。こういう機会が来ることを。どこのリングでも、永田裕志というのは特別なプロレスラーです。知り合って30年以上経って、今でもこうやってリングで向き合って、睨み合って、緊張感がすごく、体が震えました。だからこそ、また永田裕志と1対1でガッツリと自分の思いの丈をぶつけたいと思います」と胸の内を吐露した。
昨年2・3新宿での「髙木三四郎デビュー30周年記念大会~NEVER SAY NEVER」での黒潮TOKYOジャパンとの異色の初遭遇に始まり、M&Aプロレス、超日本プロレスで永田はバラモン兄弟との対戦や合体、青木真也とのシングルマッチ、葛西純と対戦では頭に竹串を刺されるなど、数々の無理難題を課せながらも、持ち前のプロレスの幅の広さを見せて、このリングを守ってきた意地がある。
いずれにせよ、IWGPヘビー級、GHCヘビー級、三冠ヘビー級の3大タイトルをすべて戴冠した2人の“グランドスラム男”が超日本で雌雄を決する時が来るとは誰が予想しただろうか? 9・28新宿大会はとんでもないことになりそうだ。
小島聡ならぬ“バラモンコジ”が降臨も……正気に戻る! バラモン兄弟「新しい誰かを俺たちの思い出作りに参加させよう」
小島聡ならぬ“バラモンコジ”が降臨するも、最後は正気に戻ってしまい、バラモン兄弟(シュウ&ケイ)は新戦力の投入を予告した。
小島は前大会(5・27上野)で超日本に初参戦。一般人・澤宗紀と異色コンビを結成し、バラモン兄弟と禁断対決。小島はバラモン兄弟の洗礼を浴びながらも勝利を挙げた。試合後、バラモン兄弟は「サトシと戦って、サトシと組む場合もあるんじゃねぇか?」と小島との合体に色気を見せていた。そのバラモン兄弟の願いが叶って、まさかの“バラモンコジ”が降臨してトリオを結成。髙木三四郎&一般人・澤宗紀&阿部史典のチーム変態煩悩大社長と対戦した。
開始早々、コジ&バラモン兄弟は3人同時に水を噴射し、髙木組をコーナーに押しやると、コジがボウリング攻撃。さらに3人同時にバケツの水を髙木組にぶっかけて、コジはノリノリ。コジはカウンター席で髙木とやり合った。ステージ席通路で乱闘になると、髙木が戦闘用チャリンコ・ドラマティックドリーム号を持ち出すも、ケイが水攻撃で阻止。今度はコジがドラマティックドリーム号に乗って高木を狙うも、阿部がカット。リングに戻ると、髙木がコジにCO2ガスを噴射。髙木組がコジにトレイン攻撃から、いっちゃうぞエルボーを狙うもバラモン兄弟が水噴射で阻止。バラモン兄弟がドラマティックドリーム号をリングに上げると、車輪を回して、髙木組を押し付けて攻め立てた。コジは3人まとめてマシンガンチョップを叩き込むと、阿部に串刺しエルボーからいっちゃうぞエルボーも高木がカット。澤が獅子舞でコジを噛ませると、コジは口からオレンジのお告げゲルを吐いた。コジは両腕に鉄製の凶器をはめて、3人にラリアット。コジが高木を羽交い絞めにして、バラモン兄弟がパウダー攻撃もコジに誤爆。これでコジの態度が一変し、バラモン兄弟を2人まとめてラリアットで吹っ飛ばした。すかさず髙木がバラモン兄弟にストーンコールド・スタナーを見舞うと、ケイの上にシュウを覆いかぶせてカバーし3カウントを奪った。
試合後、完全に正気に戻ったコジは足早にバックステージに消えていった。ケイは「俺たちはコジと一緒に夏の思い出を作ろうと思ってたのに! こうなったら、新しい誰かを俺たちの思い出作りに一緒に参加させよう! 俺たちは旅に出る」と新戦力の投入を予告した。
また、第二試合に出場したMac松下はタノムサク鳥羽のバックハンドブローに沈んだ。これまでMacは超日本の専属フリー選手だったが、今大会をもって、飯伏プロレス研究所の所属選手になることが発表された。





















































































































































































